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Full text of "Sakka no sekai"

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UNIVERSITY OF TORONTO LIBRARY 



Ruruya, Tsunatake 
Sakka no sekai 




East Asia 



Digitized by the Internet Archive 
in 2010 with funding from 
University of Toronto 



http://www.archive.org/details/sakkanosekaiOOfuru 



目 次 

才能と 誠實 

新人の 弱點 

北 原 武夫 その他 

C 丹 羽 文 雄の 現狀 



七 九 



田畑 修 一郎の 孤獨性 その他 畳 

中山義秀の新し.5^出發に寄す 六 五 

十 和 田 操に ついて 宣 

火 野 葦平に ついて 八 六 

中里恒 子に ついて 九 五 

中原 中 也の 乙と 12 

上田 廣 山 田 淸三郞 小山 いと子 10 六 

文章の 乙と 二 六 



川端 厳 成の 文章 

藝 術の 表現形式 

「旅さき」 作 家 

作家 本 求の 姿 

日常 生活. か ら- 



ふ 能と 誠實 



素晴らしい 文學的 才能と いふ もの は、 もちろん 天才に のみ 惠 まれた ものである。 し 力し 世 

界の文 學史を 通じても、 數 へる ほどし かない、 さう いふ 異常な 存在 は、 ここで は 問題の 對象 9 

ではない • 

私が、 今 ここで 問題の 對象 としょう として ゐる 作家た ち は、 日本の 昭和 文壇の なか だけで 

も、 數十 人、 數百人 をかぞ へる ことので きる やうな、 さう いふ 作家た ちの 場合で ある。 さう 

いふ 作家た ち は、 もちろん IK 才 ではない。 その 作品の 大部分 も、 末な がく ひとびとに 愛讀さ 

れ るより は、 歷 の 波に 消し 去られて ゆく であらう。 

しかし、 さう いふ 存在の なかに こそ、 現代 は、 つよく 生きて ゐ るので ある。 現代人と して 



の 私たちが 尊敬し なければ ならない 現代が、 そこに あるので ある。 それが 天才の 溫床 である 

からと いふ だけの 理由から ではない。 また そこに 時代の 文化的 水準が あるから とい ふだけ の 

理由から でもない。 ときの 讀 者に 感動 を與 へて ゐる 大部分の、 その 時代の 作品 は、 このな か 

にある ので ある。 私たちが、 さまざまな 文學 上の 問題 を考 へる 文學的 環境 も、 將に そこに あ 

る。 つまり、 それが 文壇 だ。 私 は、 天才た ちの 仕事 を 尊重す る やうに、 文壇 を も 尊重す る。 

そして、 ここで は、 さう いふ 現代の 文壇の 作家た ちを對 象と して、 この 感想 を 述べる ので あ 

る 

私 は、 さう いふ 現代の 文壇 作家た ちが、 無暗に 夭 才 主義に 走ったり、 才能 偏重 主義 を 一途 

に 信奉した りする こ と はよ くないと 思って ゐる。 もう 少し 違った 側面から も、 作家の 素質と 

いふ もの は考 へられて よいので ある。 もちろん、 究極に おいて は、 結局、 才能が、 こと をき 

める。 しかし 描く 才能と いふ もの は、 生きる 誠實、 あるひ は 誠實に 生きる とい ふこと に比べ 

れば、 まだし も、 後天的に 得られる ものである。 

才能 は、 不斷の 努力に よっても、 ある 程度まで は 捕へ る ことができる。 しかし 生きる 誠實 



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のない 人間に、 後天的に、 これ をつ け 加へ る こと は、 殆んど 不可能に 近い。 それが、 この 感 

想の 結論で ある。 

私 は、 最近、 「生活 者の 文攀」 と 題して 一 文 を 書いた。 この 感想 は、 その 續篇 に當 るの だが、 

「生活 者の 文學」 のなかで は、 私 は、 一見、 この 結論と 逆に 見える 意見 を 述べて ゐる。 

このごろ 多くの ひとびとに 愛讀 された もの は、 文壇 人の 小說 ではなく、 帝國 軍人 火 野葺平 

の 二 作 や、 貧しい 職人の 娘 豐田 正子の ものである。 

かう いふ ひとたちの ものが 愛讀 された の は、 これらの 作品の 根據 になって ゐる實 生活の 迫 

力で ある。 しかし、 ここに 實 生活が あると いふ だけの 理由で、 ひ AT ひとに 感動 を與 へる こと 

がで きたと 考へ るの は 間違 ひで ある。 彼ら は、 自分の 生活に、 眞劍 にぶつ かって ゐ ると 同時 

に、 その 自分の 生活 を 「見る 眼」 を もって ゐる。 そして それ を、 どんな 場合に も 曇らせて ゐ 

ない。 しかも、 この 「見る 眼」 は、 ただ 見て ゐる だけで はない。 その 眼に は、 生活 者と して 

の モラルが、 情熱と なって えて ゐ るので ある。 



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ちで はない。 むしろ 文擧 から 離れて、 眞 面目な 生活 者た ちとい ふ 一^人 を 地 としてい つて 

ゐ るので ある、 彼ら は、 かなら すし も、 自分の 生活に 文學的 表現 を與 へる こと を 願って ゐる 

ひとたち ではない。 また さう いふ 願 ひ を もって ゐる ひとたちが、 なかには ゐる としても、 彼 

らは、 作家と して は、 まだ 未知 數 的な 存在で ある。 そのな かに 葦平と 正子 をお いて 眺める と 

き、 彼らに 人間と しての 生きる 誠實 があった ためだけ に、 あの やうな 作品 を 生み 得た と考へ 

るの は 適切で ない。 それ はもち ろん ある。 しかし それ は、 おそらく 葦平 や 正子 以外の 實 生活 

者た ち もまた もって ゐる ものである。 それ 故、 ここで は 「見る 眼」 を もって ゐた 彼らの 作家 

的 才能 を、 あれら の 作品 を 生む ための 決定的な ものと して、 私 はつよ く 認める ので ある。 

つまり 一般の 世間に 對 して は、 作家と いふ ものが、 選ばれた 専門技術 家で あると いふ こと 

を、 私 は、 はっきりい ひたいの である。 

しかし、 さう いふ 選ばれた 專門 技術 家、 それの 集圑 である 文壇と いふ 地盤の 上に、 葦平と 

正子 をお いて 眺めて みると き、 尊重し なければ ならな. S 側面 は 逆にな つてく るので ある。 こ 

のなかで は、 「見る 眼」 を もって ゐる とい ふこと は、 決して 稀 有な ことで はない。 彼らの 全部 



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が T 見る 眼」 を もった ひとたちの 集團 である。 それに も かか はらす、 外の 作家た ちが、 一般 

の讀書 階級に 與へ 得なかった やうな 感動 を、 彼らが 與 へる ことができ たの は、 「見る 眼」 が自 

分た ちの 實 生活 を もち、 その 實 生活 を 捕へ てゐ るからで ある。 とい ふこと は 多くの 作家た ち 

が、 作家と しての 描く 才能 を もちながら、 人間と しての 自分の 生活 を 失って ゐる こと を 反面 

ものがたって ゐる ことと なる の だ。 そして さう いふ 一 人間と しての 生きる 誠實を もって ゐな 

い 人間 は、 私 は 救 ひがたい 作家 だと 思って ゐる。 才能 は、 まだし も 努力で 助長す る ことが で 

さる。 

最近の 文壇の 小說を 眺めて、 私に、 かう いふ こと を、 もっとも 痛感させる の は、 いは ゆる 

客觀リ ァ リズム 小說と いはれ てゐる 作品の 佳作に 接する 場合で ある • それと 內容空 粗な 小器 

用な 小說 を幾篇 でも 書き こなして みせる 作家 志望者に 出會ふ 場合で ある。 

いは ゆる 客觀 リアリズム 小說の 佳作に 接する と、 實 によく 觀 察して ゐる點 では 感心 させら 

; ci るので ある。 描く 才能 も 見事で ある。 小說 として は 一 應難點 がない。 しかし こころに 迫つ 



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てこない の だ。 彼らの もって ゐる もの は、 商賫 のた めの、 もの を寫す 平板な 一枚の 鏡 だけ だ。 

1 人間と して 生きる 誠實が 、「見る 眼」 の モラルと なって 燃えて ゐな いので ある。 藝 もな く寫 

して ゐる だけで ある • さう いふ 作品が 一 應 佳作の ごとき 様子 を 示して ゐ るの は、 作家の 偉大 

さの ためで はない。 その 平板な 鏠に寫 されても、 なほ 片隣 をと どめて ゐる 現實の 偉大 さの た 

めで ある。 

志賀直 哉の 「和解」 のなかに、 次の やうな 言葉が ある。 

「事實 を 書く 椽合 自分に はよ く 散漫に 色. -な出 來事を 並べた くなる 惡ぃ 誘惑が あった。 色. 

な 事が 憶 ひ 出される。 あれ もこれ もと 云 ふ 風に それが 書きた くなる。 實際 それら は 何れも 多 

少の 因果 關係を 持って ゐた。 然し それ を 片端から 書いて 行く 事 は出來 なかった。 書けば 必す 

それらの 合 はせ 目に 不充分な 所が 出來て 不愉快になる。 自分 は 書きた くなる 事 を 巧みに 捨て 

て 行く 努力 をし なければ ならなかった」 

その 捨てる 努力 を、 自分の なかの まとめよう とする 技術 家が なす か、 自分の なかの 人間と 

しての 生きる 誠實 がな すかで 小說が 分れる ので ある。 



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しかし 今日の 客觀 リアリズム 小說の チャンピオン たちに、 君た ちの 作品に は、 1 人間と し 

ての 生きる 誠實 がない といっても, もはや 絶望的に 通じない。 もはや 手お くれで ある。 彼ら 

は、 あまりに 玄人に なりす ぎて しまったし、 あまりに 巧い 小說が 書け る やうに なって しまつ 

た。 才能の 殉敎 者た ちで ある。 小 說の發 達が 生んだ 人間と しの 犠牲者た ちで ある。 

また 人間と して 誠實に 生きて ゐ ないひと たちに は、 ほんと に訴 へたい こと、 ほんと に 表現 

したい 自分の 人生 內容 などと いふ もの は ある 害がない ので ある。 しかし さう いふ 人間の なか 

にも、 作家 志望者 はゐ る。 そして 彼ら はー應 文才と いはれ る やうな もの さへ ももって ゐる場 

合が ある。 さう いふ 人間 は、 しかも 決して すくなくない。 かう いふ 人間 は、 もともと、 先天 

的と いっても よい ほどまでに、 人間と しての 生きる 誠實を もって ゐ ない。 だからい くら 人間 

としての 生きる 誠實を 、說 いても、 もはや 絶望的に、 それ を傳 へやう がない ので ある。 

さう いふ 存在と いふ もの を、 「見る 眼」 に惠 まれた ひとたち のなかに 眺めて ゐ ると、 生きる 

弒實 こそ、 先天的な 資質 だと 思 ひたくなる。 人間と しての 生きる 誠實 さへ もって ゐゎ は、 そ 

れを 表現す るた めの 才能ぐ らゐ は、 努力で 自分の ものと する ことができ るので ある。 



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新人の 弱點 



「新人の 技巧に ついて し-とい ふの が與 へられた 課題で ある。 

新人 を 問題に する 場合、 いつも 新しい 技術 を もった ひと、 なに か變 つた 枝 巧 を もった ひと、 

今まで. S つも、 あまりに、 さう いふ 側からば かり 問題に しすぎて きた 傾向が あり はしない だ 

らう か。 

さう いふ 側からば かり 問題に しすぎて きたと いふ 點 について は、 その 理由 を 一 一 樣と考 へ る 

ことができる。 

ひとつに は、 旣成 文壇と いふ ものが、 たえ や、 新しい 技術、 變 つた 技巧、 さう いふ ものが 

もたらす 新鮮さ を、 渴 望して ゐる。 それが 自然に、 未知の 新人の 肩に 特に 多く のしかかって 



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ゆく とい ふこと、 いつも ひとびとの 期待の 大きな 觸 手の ひとつが、 そこに 動いて ゐ ると いふ 

こと だ。 

考 へられる もう ひとつの 理由 は 新人と いふ もの は、 一般的に は旣 成文 壇より、 すっと 年齢 

が 若い と考 へて よい。 そのために、 その ひとたちが 提供して みせる 現實 とい ふ もの は、 年と 

つて ゐる旣 成文 擅の ひとから 見る と、 どうせ 靑 くさくて、 大した こと はない。 旣成 文壇の ひ 

とたち が、 はっきり さう 思って ゐる わけで はない が、 無意識の うちに、 その 考 へに 支配され 

てゐ て、 せめて 感じ 方の 新し さと か 技巧の 新鮮さ ぐら ゐな點 にし か 興味がない とい ふ 態度 を 

とって ゐる ともい へ るで あらう。 

この 尊重と 輕蔑、 期待と 無期 待、 さう いふ ものが 微妙に 交り 合った ところから、 新人と い 

ふと、 すぐ 技巧の 話 を もちだされ るので はなから うか。 

技巧が 問題と される だけあって、 同人 雜誌 などで 少し 問題に なった やうな 作品 を讀ん でみ 

ると、 その 技巧のう まみ、 新鮮さに 驚く ことがある。 そして、 ちょっと 魅力 を 感じる。 しか 



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し、 それが 單に 技巧の ための 枝 巧の やうな 淺 薄な もの だと、 ちょっと は 魅力 を 感じても、 そ 

れ がほんとの 底力 を もって ゐ ないた めに、 すぐ 飽きが きて しま ふ。 

また 枝 巧と. S ふ もの を、 精神から ひきはなして 考 へて、 ただ 風變 りで ありたい と いふ 野心 

のた めだけ の、 つけ やいばの 技術で、 風變 りの ための 風 變りを 書く ひと も あるが、 さう いふ 

ひとは 問題外で ある。 しかし さう いふ 存在 は、 さすが 今日で は、 新興 藝術 派の 時代に 比べれ 

ば、 すっかり 影 を ひそめて しまった。 もちろん 影 を ひそめる のが 當然 である。 

今日は、 新人 は 技術的に いったら、 むしろ どんな ひとで も、 旣成 作家に はおとらない とい 

へる かもしれ ない。 もちろん それが 極めて 局所 的で あったり、 末捎 的に すぎない などと いふ 

こと を、 しばらく 大目に見るならば。 

みんな、 實 に小說 がうまい。 むしろ、 うます ぎる ので ある、 それで 結論して いへば、 今日 

の 新人の 特徵 は、 技巧が うまい とい ふこと になる。 

しかし 技巧のう まさとい ふこと を、 あまりに くっきり 印象づける とい ふこと は、 技巧と 內 

容の バランスが とれて ゐな. S ためで ある。 その 技巧に 必 適する だけの 內容 を、 新人の 作品が 



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もって ゐな いとい ふこと である。 そのために 技巧のう まさば かりが、 いやに キラく 目立つ 

の だとい へる 事實、 技巧 だけに 支 へられて、 やっと 作品の 形 をな して ゐる やうな 作品がない 

とはいへ ない の だ。 さう いふ 作品 は、 ちょっと 押しても、 バラ バラに 解體 してし まひ さうな 

はかな さ だ。 つまり 奇形に 積み あげた 積み 將棋の 面白さに すぎない。 

新人の 作品が、 かう いふ 弱點を 一 般には 決定的に もたねば ならない 理由 は、 簡單 にいへば、 

常に 小說を 書く とい ふことの 方が 實 生活に 先行して ゐる ためで ある。 

まだ なんらの 生活 も 始まって ゐな いのに、 せっせと 小說を 書く。 そこに は 書くべき 生活力 

ないから 生活ら しきもの を 無理に しぼりだして、 小說 らしき もの を 書く やうになる。 さう い 

ふ 作品 は 技巧で でも 支へ るより 仕方がない。 技巧で 支へ る ことで 作品ら しき 形 はとっても、 

ひとに、 ほんとの 感動 を與 へる 力 はない のた。 讀んだ ひとは 少しも 感動し ないから、 技巧の 

う まさを 一生懸命 見て ゐられ る 餘裕が あるの だ。 ほんと に 感動 すれば、 ひとびと は、 そんな 

技巧の ことなん かいって ゐ ないで、 その 感動の 方 をい はすに は ゐられ ないで あらう。 



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しかし 昔の さう いふ 風な 新人 靑年 は、 すっと ロマン テイストであった、 だから さう いふ ひ 

とたち の 作品 は、 一種 青春の 句 ひ を まきちらして ゐた。 それに 比べて 今日の 新人 青年 は、 す 

つと リアリストで 大人の やうに 圓滿な 常識 を もって ゐる。 それ はもち ろん 今日の 靑 年の 罪で 

はなく、 時代の 推移で あり、 昔と 比べて 今日と いふ 時代が、 はるかに 世智 辛くな つて ゐるこ 

と を 反映して ゐ るので あらう。 

この 點、 しかし 私 は、 かなら すし も 昔の 青年の 方 を 讃美 はしない。 今日の 青年 は、 リア リ 

ストな だけ、 昔の 靑 年に は 見られない しっかり さが ある、 だが 氣 力と 夢に 缺 けて ゐ るの だ。 

文畢は 夢がなくて は 色 挺せた ものである。 氣 力がなくて は、 穩 かな 觀 察の 報告が できる だ 

けだ。 

文 學は侗 性的な もので なければ ならない。 その ひとでなければ 書け ない もの を 書かねば な 

ら ない。 今日の 力作 は、 實に無 個性で、 誰でも ある 程度 努力 すれば 書け る やうな ものが 多い。 

私 は 今日の 新人に 向って、 もっとも 痛切に いひたい こと は、 個性の 貧困で あり、 個性の 喪 

失で ある。 それな くして は 新しい 技巧 も 根無し草 である。 



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北 原 武夫 その他 一 



まづ 「文 藝」 を讀ん だが、 このな かで は、 北 原 武夫 氏の 「妻」 が、 出色の 讀み ごた へ ある 

作品で ある。 

この 作品 は、 部分的に、 どこと いって 特に 傑出した ところ もない 代りに、 部分的に 難點の 

あると ころもない。 (そのこと が 全 體のカ を 弱めて ゐる かもしれ ない が) やっつけ 仕事の 多い 

なかに、 珍ら しく 隅. まで 推敲され て ゐて氣 持の よい 態度で ある。 ただ 一 個所 だけ、 全體の 

調子 を 破って ゐて氣 にか かると ころが ある。 もちろん このごろの 外の 作品に は、 さう いふと 

t ろが、 かなら す 數ケ所 ある。 だから 讀む 方で も 諦めて 讀 むが、 こんなに それがない と、 氣 

持が いいので、 却って、 その 1 個所が 妙に 氣 になって いけない。 それで、 末梢の こと だが、 



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そのこと から 先に、 ちょと 書いて おく 。第一 頁の 最後の 文章 だ。 . 

「けれども、 私 は 間違って ゐた。 死の 記憶 や 人間の 哀しみと いふ やうな もの は、 もっと 眼に 

つかない. 深い 場所に あつたの だ。 それ は 亂雜に 散らかした 中で 何處 かにし まひ 忘れた 骨牌の 

札の やうな もの だ。 一寸した 偶然に さへ 出會 へば、 それ はすぐ 眼の 前に 出て くる」 

そして、 この あとへ、 その ちょっとした 偶然に ついて 書いて ゐ るが、 主人公の さう した 微 

妙な 氣持 を、 作者が 記錄 して ゐる その 話 はいい。 確かに さう いふ こと は あると いふ こと を讃 

者に 納得させる。 

しかし、 ここに 引用した 文章の なかには、 全體の 調和 を 破って、 文舉靑 年く さい 浮いた 1 

行が あって 氣に かかる。 「それ は 亂雜に 散らかした 中で 何處 かにし まひ 忘れた 骨牌の 札の や 

うな もの だ」 とい ふ 一行で ある。 かなしみの 存在の 仕方 を 形容した、 この 形容 句 は 不必要で 

ある。 不必要と いふより は、 もっと 積極的に あって は惡 い。 交叉 點の 信號 のと ころで 自動車 

を とめられた とき、 ふっと 自分で も 思 ひがけない かなしみが 湧いて きたと き、 そして さう い 

ふ 自分の こころ を 眺めた とき、 「哀しみと いふ もの は」 「眼に つかない 深い 場所に あった」 と、 



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主人公 は 思った であらう。 そして それ は 「一寸した 偶然」 で、 呼びお こされる もの だと 思つ 

たで あらう。 それ は 直接な 感情 だ。 さう いふ 直接な 感情 だけ を、 直接に 正確に 讀 者の 胸に 傳 

へる ことが、 讀 者に 迫る ことで ある。 

「骨牌」 を もちだす こと は、 さう いふ 直接に 傳 つて ゆく 感情 を淺め 薄める。 これで 形容し よ 

うとして ゐ る事實 は、 人間の 普遍的な 感情に 深く 結びついて ゐる もので ありながら、 この 形 

容句 は、 もっと 感情の 淺 ぃ文舉 的な 思 ひっきに しかす ぎない。 リアリティの 追求に おいて は、 

さう いふ、 ちょっとした 思 ひっき 的な 言葉で、 描 寫ゃ說 明 を 修飾す る こと は、 經對 につつ し 

まねば ならぬ。 餘韻を 消す だけで ある。 さう いふ 形容詞で 思 はせ ぶりに 絢爛に 身 を 飾って 許 

される の は 少女 小說 だけ だ 。「妻」 においても、 この 一行 を 除いてし まった 方が、 ここの 文 

章から 雜 音が なくなり、 餘韻も ひびく。 

「けれども、 私 は 間違って ゐた。 死の 記憶 や 人間の 哀しみと いふ もの は、 もっと 眼に つかな 

い 深い 場所に あつたの だ。 一寸した 偶然に さへ 出會 へば、 それ はすぐ 眼の 前に 出て くる」 

あの 形容 句 は、 いはば 作者の 文舉 趣味で ある。 出來 上った 作品に は、 誠に 例外的に、 あそ 



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こに だけ あんな 言葉が あつたが、 例外的に せよ、 ただ 一ヶ所に せよ、 それが あると いふ こと 

は、 作者の 文舉 性の なかに、 それが あると いふ こと だ。 しかも さう いふ ものが、 作者の なか 

に、 ひとつの 根 を もった もので はなから うかと 思った ので、 私 は、 この 末梢的に 見える こと 

を、 まづ 取り あげた。 

根 を もった もので はない かと 考 へたのに は、 ふたつの 理由が ある。 ひとつ は、 この 出來 上つ 

た 作品の 文章が、 妙に 乾いた 感じの する こと、 もう ひとつ は、 たと へば 「骨 脾」 とい ふ 字に、 

r カル タ」 とい ふ ルビ を附 して ゐる こと、 しかも、 妙に 神經 的に ルビ を附 して ゐ るの は 「骨 

脾」 ひとつ だけで はない。 さう いふ ルビ を附 された 言葉が: 幾 ケ所も あるの だ。 これ は 一宇 

一 句 を も ゆるがせ にしない 態度で 書いて ゐる あら はれに は 違 ひない が、 同時に また 皮相 的な 

自分の 文學 趣味 を、 變に 大切に しなければ ゐられ ない 淺ぃボ ー ズか らもき てゐ る。 …… をい 

くつ かの 言葉に 附 して ゐ るの も、 その あら はれ だ。 推敲の 努力の 何パ ー セント かが、 この や 

うな 面の 修飾に 向いて ゐる こと は、 作者の なかに、 あの やうな 形容 句 を 使 ひたい 趣味が、 か 

なり 本質的な ものと して 存在して ゐる ためで はない かと、 隠 測した ので ある。 



あの やうな 神經 が、 作品 を、 ほんと に 突っ放し きって ゐ ない。 そして 作品 を、 ほんと に 底 

深く 落ちつかせて ゐな いの だ。 つまり その ルビが、 そのこと を 語る ために 絕對 必耍な ものと 

は、 どうしても 見えない ので ある。 それ 故、 その ルビの やうに、 どうしても 讀 ませたい とい 

ふ 作者の 願 ひ は、 この 作品の 本質 を、 讀 者に 正確に 傳 へる ための 努力で あるより は、 もっと 

趣味 的な ことにす ぎない。 骨脾 を、 なぜ、 どうしても カル タと讀 まなければ、 ここで は 困る 

のか。 こつばいと 讀 まれて は、 どうして 意味が づれ てし まふの か。 

かう いふ こと は、 決して 感 覺の纖 細な どと いふ こと を 意味し ない • ひとりの 男の 女に 對す 

る 感情 を您れ たとい ふ 言葉で あら はす か、 慕 ふとい ふ 言葉で あら はす か、 眞に 生活 を 潜ませ 

た、 單 なる 趣味で ある こと を 越えて 根の ある 感覺 は、 さう いふ 方面に 働かすべき だ。 

そこで 私 は、 あの 例外的に あった ひとつの 形容 句の なかに、 可成り 本質的な、 この 作者の 

弱點の ひとつ を 感じる ので ある。 それから 先 は、 私の きわめて 大膽な 想像に すぎない ので あ 

るが、 この 作品の 原型に は、 あの やうな 形容 句が、 みちみちて ゐ たので はなから うかと いふ 

ことで ある。 しかし 推敲して ゐる うちに、 作者の 態度 は、 次第に 深く 嚴肅 になって、 さう い 



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ふ もの をつ よく 除去して いった。 そして 例外的な あの 一句と ルビが、 作者に 氣づ かれない ま 

まに 殘 つて、 そ, こから 作品の 原型 を 隠 測させる きっかけ を淺 して ゐる。 

つまり この 作品 は 初め 絢爛な、 そして そのため どこか 淺 薄な ものであった。 さう いふ もの 

を 除き 去って、 深さ を もった 作品に はなった が、 それが 自然にで きた もので なしに、 努力が 

なした ため、 この 地味な 文章に は、 自分 を 制禦した 努力に よって 潤 澤さを 失 ひ、 乾いた ので 

はなから うか。 私 はさう いふ 風に 解釋 したので ある。 

元來 は、 今後 清算すべき ものと して、 あの 形容 句 や ルビに あら はれて ゐる やうな 趣味 的な 

ボ,' ズを もった 作家と 思 ふが、 さう いふ もの は、 一 體 どこから きて ゐ るか、 私 は、 それ を、 

この 作者の わるい 意味での センチメンタルの 血に 歸 したい。 センチメンタル は、 ほんと に自 

分 を 裸に する もので はない。 そして ものごと を、 ほんと に 澄んだ 眼で 見させる もので もない。 

あの ルビ や 形容 句に あら はれて ゐる センチ メン リズムが、 この 作品の 本質 を も、 ほんと に は 

徹底 させて ゐな いので ある。 この センチ メ ン タルに よって、 この 作品 は 薄い 皮 を 被って ゐる。 

こ 皮 を、 ほんと に 突き破った とき、 この 作家が ほんと に 立ち あがる ときで ある。 



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この 作品 は、 推敲した ことで、 力が 弱まって ゐる かもしれ ない。 (しかし もちろん 推敲した 

ことで、 格段の 傑れた 作品と なった ことに は 間違 ひない が) しかし、 この 推敲の 生活に おい 

て、 この 作者 は、 自分の 文學 を、 どれぐ らゐ 深めた かわからない と 思 ふ。 すくなくとも、 こ 

こに ひとつ 文學的 基礎 をつ くった こと は、 確かな こと だら うと 思 ふ。 

私 は、 なんだか 非難ば かり 書いて ゐる やうで あるが、 とにかく、 これ は 批評の 對象 として 

とりあげる 氣 になった 佳作な ので ある。 

「妻」 九十 枚 は、 死なれた 妻との 六 年間の 生活の 經緯 を縷々 として 語った 作品で ある。 心理 

的な 私小說 である。 美穩 とい ふその 女に ひ きづり 廻され て ゆく 男の 氣持を 書いた ものである。 

美穏 とい ふ、 その 本質 を 描く ことの、 ちょっと 至難な 女が、 ひとつの 型に あてはめる やう 

な ことなしに、 なかなか よく 描かれて ゐる。 美穗 は、 いはば がっしりした 性格 を もって ゐな 

いこと を 性格と して ゐる やうな 女で ある。 まだ ひとつの 性格にまで 結成され てゐ ない 性格の 

閃めき いた もの を、 ふんだん にもって ゐる 女で ある。 つまり 無意識で、 無責任で、 本能 的に 

動く 女で ある。 遊ぶ 相手と して は 魅力 を もった やうな 非 家庭的な 女で ある。 



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かう. s ふ 女性の なかには、 素直な 男 を 感動させる やうな、 比類のない こころの 美く しさと 

いふ ものが 光って ゐる ものである。 それ は 無意識の 愛らし さで あり、 純粹 とい ふ ものの 魅力 

である。 いつでも 自分 以上の 立派な こと を平氣 でい へる 女 だ。 さう いふ 一種の かたことの 立 

派 さに、 男が うたれ てし まう とき、 男 は 女をコ ン トロ ー ル して ゆく 力 を 完全に 失って しまう 

もの だ。 さう いふ 枠から はみだして ゆく 妻に 惱 まされ、 苦しませられる 氣 持が、 ここに は 書 

いて ある。 - 

この 二人の 男女の 關 係と いふ ものの 秘密 は、 この 作品の なかで は、 徹底的に は 究明され て 

ゐ ない。 しかし 一面 的な 解釋 で、 この 關係を 割りき つて 解釋 して、 その 眼で だけで この 作品 

を 書. S たなら、 この 作品 は、 これ だけの 厚み を もつ こと はでき なかった かもしれ ない。 さう 

いふ 點、 心理 や 動作 を 忠實に 點檢內 省して、 それ を ここに ならべて みせて くれたの は、 この 

複雜な 關係を 描く 上に 成功して ゐる とい はなければ ならない。 * 

しかしもう 一歩す すめて、 この 複雜な 運命的な 關 係と いふ もの を、 復雜 にして ゐ るの は、 

この 小說 のなかで、 この 男 主人公が、 ほんと に 裸になって ゐ ないた めで はなから つかと いふ 



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ことが 考 へられる。 

男と いふ ものが、 もっと 徹底して 裸になるならば、 このな かの 複雜と 見える ものが、 實は 

案外、 單 純な ものの、 さまざまの あら はれに すぎない ので はなから うか。 しかし すくなく と 

も、 この 作品の なかで は、 作者 は それに 觸 れてゐ ない。 もしかすると 故意 かもしれ ない が、 

それに 氣 がっかない 顔 をして ゐる。 

なぜ、 この 女が あきらめられ ないか、 女の なにが 男 を ひきつけて ゐ るので あるか、 そのい 

ちばん 底 をな す もの は、 なに か單 純な ものに 違 ひない。 それ を 作者が はっきり させて、 その W 

上に、 この 複雜な もの を 生かしたならば、 この 作品の なんとない 中途半端 さは 淸算 されて、 

もっと 立派な ものに なった に 違 ひない やうな 氣 がする 。 

ここに 書かれて ゐる こと だけから 判斷 するならば、 私 は、 この 男女 關係 を、 こんな 風に 判 

斷 する。 つまり この 男 主人公 は、 美穗 のちよ つと 風變 りな 新鮮さに ひかされた ことがある。 

しかし 一緒に 慕して ゐる うちに、 どうしても 運命的に ぴったり しない 性質 を發 見す る。 しか 

しそれ が、 また 妙に 男の 放蕩 的な 感情 を 刺戟す る もの を もって ゐる。 男 は 女 を 素直に 愛せな 



くな つて ゐ るが しかし 手 離す の は 惜しい。 それ は 女が 自分 を 離れてから 幸福になる かもしれ 

なハ、 その 可能性に 對 する しっとで も ある。 それから 一度 好きだと いった この 女に 對 して、 

お前 を 嫌 ひだと いふ 矛盾す る こと をい ひきる こと は、 この 男の 見 榮坊が 許さない。 

しかし さう い. ふ さまざまの 事情に も かか はらす、 この 愛せ なくなった 女に、 ほんと になん 

の 未練 もないなら、 二人 は あっさり 別れられて ゐた 害で ある。 愛せない 女と 別れられな いの 

は、 そこにな にか 彼 を ひきつける ものが あるから だ。 

それ はなに か。 ここに 書かれて ゐ る範圍 から 私の 理解す る もの は、 それ は 女の 肉體 である。 

理屈 を 絶した 肉體の 魅力が、 彼 を 彼女から 離さない 謎の 根底 をな して ゐ ると 思 ふ。 實は彼 は、 

もう 彼女 を 愛して ゐな いの かもしれ ない。 そしてで きれ ば^れたい のか もしれ ない。 さう し 

て 理性 は、 すべて さう いふ 方向に 向いて ゐる のか もしれ ない。 しかした だ ひとつ、 誠に 莫^ 

しい ことの やうで は あるが、 また 實に リアリスティック 理由、 理屈 を 超越した はっき 

りと した 未練、 この 女の 肉體の 獨自な 魅力、 根底 的に は、 單純 なさう いふ ひとつの ものの た 

めに 男 は ひ きづり 廻され て、 その上に 築き あげたの が、 この 複雜な 苦し さで はなから うか。 



もしも さうなら、 そのこと を、 作者 自身が、 この 作品の 底で、 もっと 心得て ゐて くれたなら、 

この 作品 は、 もっと どっしりした ものになる だら うと 私 は 思 ふの だ。 

私が、 なぜ この 作品の、 そんな 面に 觸れ たくな つた かとい へば、 この 作者 は、 男の いろい 

ろな 氣持 を、 これ だけ 心理的に 解析しながら、 女の なかの なにが 自分 を ひいて ゐ るかと いふ 

こと を 追求す る點 では、 實に 物足りない 努力し か、 すくなくとも 作品の なかで は 示して ゐな 

い からで ある。 そして それが 女の 肉體 であると いふ こと を あからさま にしない ことと、 この 

小說 のなかの 男女の 會 話で、 殆んど 女の 方の 言葉ば かり 書いて、 ひとに は 見られた くもき か ^ 

れた くもな. S やうな、 男の 女への 囁きの 言葉 を 省いて ゐる ことと が、 なに か 同じ やうな ボ ー 

ズに身 を 包んだ ところから 原因が きて ゐ るので はない かとい ふ 風に 考へ られ るので ある、 さ 

うい ふ點、 次 作の ために、 私 は、 この 作者の、 もう 一 段の 徹底 を 期待して やまない ものである。 

私 は、 とにかく、 この 新作 家の 登場 を 純 文學の 面目の ために 心丈夫に 思 ふ もの だ。 最近、 

客觀 リアリズム 小說の 隆盛 は、 文壇に 個性の 尊 里 を 重要視し ない 風潮 を 生んで ゐ るが、 文摹 

は 本來侗 性的な もので なければ ならない。 さう いふ 點で、 とにかく この 作品 は 懸命に 自分 を 



主張す る 方向に 向って ゐる。 次に、 さう いふ 風潮に なって 以來、 ひとびとが 小說 のなかで 迪 

らうと する 心理が、 殆んど 常識の 類推 を 一歩 もで なくなって しまった のが、 今日の 嘆か はし 

ぃ狀 態で ある。 さう いふ 點 でも、 この 作者 は、 ひとつの 肉饅に 宿る 心理 を忠 實に迪 つて ゐ 

る。 とにかく 相當な ものである。 未熟で ある 點は 無視す る わけに は ゆかない が、 しかし 今日 

殆んど 影 を ひそめて しまった この やうな 作品に、 久しぶりに 接する ことので きたの は、 私の 

よろこびであった。 

『文 藝」 の卷 頭に は、 荒木 巍 氏の 「黄色い 手紙」 とい ふ、 いは ゆる 大陸 ものが 發 表されて ゐ 

る。 北京 を舞臺 にした、 作者の 紀行文と おぼしき ものである。 この 作品 を 通して みた、 この 

者に、 私 は、 どうしても 厚意 を おぼえる ことができなかった ので ある。 

この 作者の なかには、 どうもな にか 低俗な ものが ある。 しかも それに も かか はらす 作者 

は、 さう いふ 自分 を、 ちっとも 考 へないで、 意識の 上で は、 自分の インテリ としての 高尙な 

面 だけし か考 へて ゐ ない。 もちろん 低俗な もの を もって ゐ ない 人間と いふ もの は、 殆ん どな 



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いといっても よい かもしれ ない。 しかし、 それ を 意識し、 それ を 昇華す る ことによって、 人 

間 は 成長して ゐ るの だ。 さう いふ 自分の 面 を 全然 見向かな いとい ふこと は、 その 低俗 さ を、 

妙に なまな 浮かした ものにして ゐる。 この間 隙 を 埋めよう としな. S それが、 この 作者 を 少し 

も 成長 させない ので ある。 修辭 は、 ただ 平面 的な 文章 を 一 as 上手に 書かせる こと だけにし か 

役立って ゐな いので ある。 

さう. S ふ 嫌味な ところ を、 具體 的に、 この 作品に ついてい ふなら ば、 たと へば、 こんな 文 

章が ある。 

「その 機敏 さ、 と 云っても、 ただの 機敏 さで はなく 明るい 物に 拘る ところの ない 敏捷 さに は、 

健 吾 は少々 驚かされた。 俗つ ぼく 言へば 「いかれた」 形で ある」 

ここで、 この 「いかれた」 とい ふ 言葉 を 使 ふの はよ い。 なるほど 「いかれた」 とい ふ 言葉 

が、 もっとも 適切に 表現して くれる やうな 感情 は、 今日の われわれに は あるに 違 ひない の だ。 

しかし その上に くっつけて ある 「俗つ ぼく 言へば」 とい ふ 言葉が 嫌味な ので ある T 俗っぽく 

言へば」 なんて 斷り窨 を 必要と する ほど、 この 小說 の全髏 は高尙 ではない ので ある。 もちろ 



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ん 作者 も、 この 小說が 俗つ ぼくな. S からと 思って、 ここで 「俗っぽく」 とこと はり 書き をし 

たので はなから うが、 それならば、 かう いふ 言 ひ 方 は 非常に 生硬で ある。 

この 小說 は、 全體を 通じて、 大 へんに 俗つ ぼい 小說 である。 そして その 俗つ ぼ さに 面白い 

ところが あるの かもしれ ない が、 ど う も 作者が いい 氣 になって ゐる 小說 だ。 

私が いちばん 不懾 快に 思った 場所 は、 天津の 停車場で、 支那の インテリ 女性と 北京で 會合 

の 約束ので きた あとに 書いて ゐる、 作者の 次の 言葉で ある。 

r —— これ は 仲々 面白くな つて 來たぞ 11 

彼 は 心中、 作家 的な 欲望から、 喜んだ • 彼女と 北京で 交際したならば、 どう 轉ば うが、 一 

篤の 小說が 何ん の 虚構 を も 案出す る勞 なく 出来 上る。 殊に 依ったら、 筋 書の 波瀾に 富んだ 小 

說を 地で行く ことになる かも 知れぬ」 

これほど 現代 作家の 墮 落した 面 を 露骨に だして ゐる 言葉 はない。 こんな 感慨の 上に こそ 「俗 

つぼく」 とこと はり 書 きをつけた 方が いいので ある • 作家の 興味が、 こんな 風に 不眞 面目に 

動いて、 こんなと ころで 小說を 書いて ゐ るから、 ほんと に ひとのこ ころに 迫る ものが 生れな 



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いので ある。 

しかも、 その後、 この 紀行文の なかで、 主人公が 女性に 向ける 眼の 動きに は、 その 「作家 的 

な 欲望」 が 少しも 感じられな いの だ。 さう いふ 緊張で 對 象に 喧ひ 入って ゐ ると は 思へ ない の 

である。 單 なる 「男と しての 欲望」 が活 澄に 動いて ゐる のが 見える だけで ある。 もちろん 作 

家 は、 男と しての 欲望で 女 を 見て はいけ ない などと いふ こと はない。 男と しての 欲望で 見て 

いいし、 見るべき である。 それに も かか はらす、 作者 は、 なぜ 自分の なかの、 男と しての こ 

ころの 動き を 無視して 「作家 的な 欲望」 などと いふ 言葉 を 殊更 使 ふので あらう か、 內省 がな お 

さすぎ はしない か。 

私 は、 この 作者に、 もっと 自分の 內に對 しても、 外に 對 しても、 安易 を 捨てて、 精神 を 高 

く 燃え あがらして くれる こと を 熱望したい ので ある。 

「早 稻田 文學」 の 今月の 創作 攔は、 みんなよ くない。 ほんものが にじみ だすに はもう 一歩と 

い ふ 作品ば かりで ある。 

なかで とにかく 力 もこ もって ゐ るし、 書いて ゐる こと も * いちばん 明瞭に わ 力る の は 林 



健治郞 氏の 戲曲 力で ある。 ここに 書いて ゐる四 氏の なかで は、 いちばん 年齢が 上 かもしれ な 

いが、 この 戲 曲の なかには、 なに かがで てゐ る。 その上 この 作者 はこ ころの 素 値ない いひと 

で 好感が もてた。 しかし それだけの よさで は、 いい 仕事 をす るた めの 全部の 力が 備 つて ゐる 

ことに はならない。 作者の 素直な 善良 さが、 この 作品 をい くぶん 平板に して ゐる。 嫌味な 感 

じ はなく、 素直な 熱心 さに 好感 はもて るが、 この 眼 はもつ とも まれる 必要が あると 思 ふ。 

北 原 氏の 作品の, li がな がくな つて、 僅か 一二 篇 にし か觸れ る. ことができなかった。 その上に 

亡 中の 走り 書な ので、 誠に 意 をつ くして ゐな いもので ある。 氣に かかる ことが 多い が 將來ぃ 

くら もまた 語る 機會は あると 思 ふので この 走り 書で 1 先づ責 を果す ことにする。 



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丹 羽 文 雄の 現狀. 



「鮎」 「凡惱 具足」 など は、 僅. n 二 四 年に 著作 集 十六 冊 を 世に 示した 丹 羽 文 維の 全 作品の な 

かで も、 珠玉と いふべき 最高の ものであるば かりで なく、 昭和 文壇 を 代表す る 佳品の 列に 加 《 - 

はへ るべき ものである。 あの 緊張した 情熱から 考 へるならば、 今度の 「改造」 に 書いた 「妻 

の 作品」 など は、 はるかに、 はるかに 及ばない。 一 作品に うちこむ 作者の 情熱 は、 すっとお 

粗末に なって ゐる。 . 

しかし 職業に 勵ん でゐる 最近の 彼の ものと して は、 (私の 讀 んだ範 園で は)、 「霜の 聲」 に 次 

ぐ 佳品と いってよ. S と 思 ふ。 「町內 の 風紀」 に比べれば、 はるかに 材料 を 生かして ゐ るし、 文 

脈の 格調 も 立て直って ゐる。 「海の 色」 の 安易な くり かへ しに 比べれば、 やや 清新な 凝視と 開 



拓が ある。 また 今までの 彼から 考 へるならば、 ^な 人生の 面に 眼 を 向けた ことに も、 この 一 

作 は 今後の 作家 的觸 手の ひろがりに、 新しい 期待 を 抱かせる。 さう いふ 點 などから き はめて 

甘く 採點 するならば、 私 は、 この 作品 を ー應の 佳品と いひたい。 

今月の 諸家の 作品の なかに ならべて、 月評 的採點 をす る ことにと どめるならば、 私の いふ 

こと は 以上に 盡 きる。 しかし 位置 を 代へ て 彼の 作家と しての 發展 とい ふ 線の 上に、 この 作品 

を 立た せて 眺めて みると、 もう 少し、 この 作品に 立ちい つて、 ここから 丹 羽 文 雄の 現 狀を抽 

き だしてみたい 愁望を 感じる。 「町內 の 風紀」 や 「海の 色」 に比べれば、 佳品で ある だけ、 彼 

の 作家 的 難點も 露骨に でて ゐる。 その 難 點を默 つて 通りす ぎる に は、 私 は 彼の 未來 にかな り 

激しい 情熱 を 感じて ゐる。 以下 述べる 苦言が、 彼の 作家 的將來 のために、 ひとつの 良 藥の役 

割 を 演じる ことができるならば、 ありがた いので ある。 彼の 作品に 對 して は 背 酷に なら すに 

は ゐられ ない 友情と 關 心が いま 私の こころに は 漲って ゐ るので ある。 

彼の 今までの 作品に は 男女の 愛慾 を 主題に した ものが 多い。 おそらく 彼の 環境が、 彼に、 



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まづ 愛慾 を 通して 人生 を 眺めさせ たので あらう。 貧乏 を 通して 人生に 鱒れ た 作家 もゐ るし、 

自然 を 通して 人生 を 味った 詩人 もゐる やうに、 彼の 眼 は 愛慾と いふ 窓から、 人生に 結びつけ 

られ た。 しかも、 この こと は 彼が 作家で あらう としたた めに 起った 事情で はない。 むしろ 單 

なる 一 人間と しての 彼の 體驗 した、 もっとも 切實な 人生な ので ある。 それ 故、 その 世界に 對 

する 態度 は單 なる 觀察 ではなく、 彼 は それ を 通じて 人生 を 思索した ので ある。 その 意味から、 

彼の 愛慾 小說 は、 職業的 作家が、 奇異な 材料 をと りあげて 讀者を 驚かさう とする 風な 根膽か 

らの 取材と は、 をの づ から 別箇の ものである。 むしろ 彼の 知って ゐる 材料に より、 彼に 人生 

を考 へる こと を强 ひた 側面から、 彼の 人生 觀、 良心の 吿白、 生きる こと を 語った 作品で ある。 

彼の 愛慾 小說が 廣く讀 まれる だけの 迫力 を もって ゐ たの は、 取材の 珍ら しさで はなく、 そこ 

で 彼が 人生に ついて 思索して ゐ たからで ある。 奥深い 人生 を 背負って ゐ るから だ。 

彼と 相 前後して 出現した 作家 たちのな かに、 彼 的な 愛慾の 世界 を 描いた 作家 は、 決してす 

くな くない。 それに も かか はらす、 特に 彼の ものが 廣く、 なぜ 讀 まれた かとい へば、 さう い 

ふ 材料 を 書いた 他の 作家た ち は、 たださう いふ 材料の 新鮮さ を 面白がって ゐ ただけ で そこで 



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自分の 問題 を 思 素して ゐ ないから である。 普遍的な 人生と いふ 背景に 結びついて ゐ なかった 

からで ある。 しかるに 丹 羽 文 雄の 場合に は、 かかる 世界 を 描いた こと は、 材料が 珍ら しいた 

めに 作家 的觸 手が 動いた ので はない。 彼に とって は 珍ら しい も 珍ら しくない もない。 そこが 

彼が 身 を もって 人生 を 生きた 場所な ので ある。 それ 故、 多くの 作家が、 新しい 風俗へ の 取材 

を ねらって 同巧異 曲の 作品 を 示して ゐる にも かか はらす、 ひとり 彼の もの のみが 高く 存在し 

てゐ るので ある。 ひと を 感動 させ 得る 小説の 根源に 流れて ゐる この 事情 は、 作家が 瞻に銘 じ 

てお くべき ことで ある。 

この やうに、 その 出發 において は、 愛慾の 世界 は、 彼が 眺め、 彼が 思索 を强 ひられた 人生 

そのものの 姿で あつたの だが、 ひとたび、 それが 作品と して 世に でた とき、 世の ひとびと は 

誰の 作品に 對 しても する 樣に、 丹 羽 文 雄の 小 說に對 しても、 その 作品が 內 包して ゐる 一般的 

な ものよりも、 むしろ そのな かに ある 特殊な もの、 異色 ある もの を 眺めよう とした。 そして 

彼 を 新しき H ロティ シズム の 創造者と 呼んだり、 愛愁の 作家と 稱 したりした。 

彼 は、 かかる 世評 を 耳に する まで は、 自分 は 人生 を 書いて ゐる とい ふこと だけ を 信じて ゐ 



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て、 さう いふ 自分の 特異 さに は氣づ いて ゐ なかった であらう。 かかる 世評 を 耳に して、 彼 は 

自分の 特異 さ を、 始めて 意識した ので ある。 世に でた 作品 は、 今度 は、 それ 自身の 力 を もつ 

て 作者に 働き かけて くるので ある。 過去の 作品 は脫 皮の 形骸で あると 同時に、 作者の 未來を 

束縛す る 手枷 足枷で も ある • 

もしも 彼が 自分の 扱 ふ 世界の 傾向 的な の を 意識した ときに、 作家と して、 もっと 視野 を 開 

拓し なけれ まいけ ない と 反省した と 想像して みるならば、 彼 は、 そのと き、 自分の 描いて き 

たやうな 人生の 側面に 比して、 他の 側面 は 手 も 足 もで ない ほど 知って ゐな いとい ふこと に氣 お 

づ いたか もしれ ない。 しかし 實際 は、 案外 単純に、 十 年の 苦節が 報いられた 自分の 描く 人生 

の獨自 さに 滿 足して、 愛慾 を 通して みた 人生 そのものよりも、 人生 を 見る ひとつの 窓で あつ 

た愛愁 そのものへ も 興味が 倍加した かもしれ ない の だ。 私 は 彼の 非常に 素直な 一面から (ひ 

とびと は、 この ことに あまり 觸れ ない)、 さう も考 へられる。 とにかく、 いづれ にしろ、 結果 

から 見て、 人生 萬般を 不平 均に 知って ゐ たため、 さう いふ 方向へ 押しな がされて ゐ るの は、 

彼の 仕事が 物語って ゐる。 



かくして、 彼 は 自分の 獨自を 意識した ことによって、 今まで 自分の 眺めて きた 世界 を、 單 

に 人生と してみ るよりも、 特色 ある 人生と して 眺める やうに なった。 その上、 今まで は、 「人 

間の 眼」 で、 そこ をみ つめて ゐ たのが、 今度 は 「作家の 眼」 だけし か 使 はすに も そこ を 眺め 

る やうに なった。 かって は そこに 人生 そのものの 姿 を 見て ゐ たこと から、 やがて は そこに 單 

に 小說の 材料 だけ を 見る やうに さへ 變 つた。 ときには 感動 もな く、 商寶 のネタ を、 そこに 漁 

つたこと さへ ある。 その やうに して、 いは ゆる 華. しい 文槿的 活躍の 三 四 年 をす ごした。 

そして 世間 は、 彼に 「鮎」 や 「凡惱 具足」 から は 一 步 もで てゐ ない 十六 冊の 著作 を 書かせ、 V 

彼 は それ を 書く ことで、 文筆 職人と しての 小說 製作 術と いふ もの を體 得し、 今日 動かしが た 

い 確固たる 地位 を 築いた ので ある。 處女作 「秋」 が 書かれてから 十二 年の 歳月が 流れて ゐる。 

「鮎」 は 昭和 七 年の 作で ある。 

愛慾の 世界 を 書き まくった 彼に は、 今日で は、 以前に 比して、 その 世界 を靜 かに 眺める 餘 

裕が できた。 もはや そこ は 自分が 人生 を 思索す る 渦中の 場所で あ-るよりも、 靜 かで 豐 かな 小 



說の舞 臺と變 つた。 そして 作家と して 人生 を 見る こと は、 生涯の 宿命と して 確立され た。 

もはや 彼に とって は單 なる 愛慾の 世界 を 描いて ゐる だけで、 人間と しても、 作家と しても 

人生 全般 を 探求す るに は、 その 窓が 狹 すぎる ので ある。 彼の 觸手は 局限され てゐた 世界から、 

人生の 他の 側面に も、 徐. < にのば されつつ ある。 最近の 「町內 の 風紀」 「妻の 作品」 など は、 

新しい 世界に 向けられた 彼の 眼 を 感じさせる ものである。 そして その 意味から は、 彼の この 

傾向の 助長され る こと を、 私 は 極力 願って ゐる ものである。 しかし この 開拓の 方向に 賛意 を 

感じながら も、 この 開拓の 態度に は、 いくぶんの 不滿が ある。 - 

「鮎」 や 「凡 惱 具足」 に比べて、 この 新しい 人生に 向って は、 人間の 誠意 をつ くして、 その 

世界の 人生 的 意義に ぶっかって ゐ ない ところが あるので ある。 「妻の 作品」 に は、 懸命に 人生 

を考 へようと する 人間の 態度が、 作者の 情熱の なかに 宿って ゐ ない。 登場す る詣 人物が 對面 

して ゐる 人生 問題に 對 して、 作者 は、 ほんと に その 問題 を 一緒に 苦しんで ゐな いので ある。 

登場人物の 運命に ついて、 冷たい 無關 心し か 示して ゐな いので ある。 材料が 材料の ままで、 

作者の 思想の なかに 消化され てゐ ない ので ある。 愛慾 を 主題と した 作品の 場合と は、 その 一 



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作品の 主題 は、 ほんの 輕ぃ氣 持で とりあげた ものの 場合に も、 そこ は、 彼か眞 面目に 人生 を 

考へ てきた 世界で あるた めに、 その 厚みが、 作者の 眠に おの づと 宿って ゐ るので ある。 しか 

し、 その 世界で は、 思索 を 趣味と して 思索し. ので はなく、/ 人生に おいて、 思索し なければ 

ならない ところまで 人間と して 追 ひ つめられ、 思索に 無精な 彼 も、 それ をし なければ 自分が 

救 はれない ところまで 立ちいたら せられて ゐた。 その 眞劍 さが、 マ ンネ リズムに なった 作品 

のなかに も 尾 を ひいて ゐ るので ある。 

しかし 「妻の 作品」 に は、 さう いふ 人間的 眞劍 さが 缺 けて ゐ るので ある。 單に 小説の 材料 

としてし か、 この 內容 は、 作者の 關心を 呼んで ゐな いので ある。 

もちろん 人生 を 小說の 材料と してし か 見られな いこと は、 青春の 紀念塔 的な 作品 を 書き 殘 

した 以後に おいて は 當然な ことで ある。 そして 一 雜誌 小說に 自分の 全力 を 傾け きれな いのも 

仕方のない ことで あらう。 それ故に こそ、 深い 意味 を もった 青春の 紀念塔 的な 作品 は、 再び 

書け ない ので ある。 あの 昔日の 自由 さは、 作家と しての. EI 分 を 確立した ときには 失れ てゐる 

ので ある。 



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作家 を 生涯の 宿命と した 人間が、 人生 を 小說の 無限の 材料と して 眺め、 その やうな 眼で 見 

る ことから 逃れられな いのは、 彼に 作家と しての 生活が あり、 その 生活に 眞劍 である 證據 だ。 

さう いふ 點 から 「妻の 作品」 の 主題と いふ もの を、 彼のな かの 人間よりも 作家が とりあげた 

こと は當然 である。 ただ、 この 主題に 對 して 思想す る ことが 缺 けて ゐ るので ある。 そして こ 

の缺如 は、 彼の 將來 の發展 のために は、 重大な 脫落 だと 私 は 信じる ので ある。 

「妻の 作品」 において、 その 素材と なって ゐる 人生 的 問題に、 あるひ は 登場人物の 心理に、 ^ 

1 應は 立ち入って ゐる ごとく 見えながら、 ほんと は 立ち入って ゐな いので ある。 眼に 寫 つた 

こと を 羅列した 以上に、 ここに 描かれた この 人生に 對 して、 作者の 人間的な こころに 火が 燃 

えて ゐな いので ある。 この 問題に 對 して 作者 自身が、 痛切に 考 へさせられた 形跡が 見えない 

ので ある。 それ 故、 この 作品 は、 深く 人生 を 背景と して、 その上に がっちりと 立って ゐ ない。 

彼のと りあげよ うとした 問題 は、 ひとが 考 へねば ならない ひとつの 深刻な 人生 的 問題で ある 

にも かか はらす、 この 作品の なかで は、 それが 人生 そのものの 厚み を もって、 ひとに 迫って 



こない。 作者が、 ほんと にこの なかに 人生 的な 問題 を 痛感して ゐ るなら ば、 それが 中軸と な 

つて、 ここに 描かれた 人生の 遠近法が はっきり とし、 盛り あがって くる 力 を もって ゐ るべき 

である。 しかるに、 その やうな 實感の 中軸がない ため、 作品の 中心 點は平 俗な 意味で は 明解 

でありながら、 本質的に は ぼやけて ゐる。 大切な こと も、 附隨 的な こと も、 平凡に 等距離に 

おかれて しまって ゐ るので ある。 單 なる 風景 描寫 としても 遠近法が ぼやけて しまって ゐ るの 

は、 作者が 素材 をなら ベた だけで、 精神 を うちこんで ゐ ないた めで ある。 

實 際の 作品に 卽 して、 少し 語る ことにする。 この 作品が 書かれねば ならなかった 理由 は、 

六 歳の 子供 恭 1 の 提出して ゐる 問題の なかに ある。 母親 を 父から 奪って、 自分が 獨占 できな 

い 子供の 惱 みが 主 テ ー マで ある。 

この 作品が 生き生きとした 感動 を 呼び 醒 まし 得ない 校本 的な 點は、 まづ 子供が 全く 書け 

てゐ ない とい ふこと である • 子供 そのものに 少しも 眼 を 向けす、 單に 子供の 提出した 問題 だ 

け を、 子供から とりあげ、 その 問題 を 書く ために だけ 子供 を 利用して ゐ るので ある。 子供 は 



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問題 を 設定す るた めの 作者の ロボット となって しまって ゐる。 子供の 提出した 問題 を 扱 ひな 

がら、 その子 俱を 大瞻に 無視して しまって ゐる。 そのために、 子供の 心理 を描寫 する やうな 

場合に も、 ぼんやりした 子供の 感情 を、 すっかり 大人の 言葉に 翻譯 して 書いて しまって ゐる 

ため、 讀者 は、 そこ を讀ん でも、 六 歳の 子供の こころ を 描いた とい ふ 大切な 實感が 胸に 傳は 

つて こない。 

この 小說 は、 湖畔の 温泉宿に 逗留して ゐる 母子の ことから 書き だされて ゐ るが、 恭 一が 夜 

の 空に 見入って ゐる氣 持が、 次の やうに 書かれて ゐる。 

r 恭 一は 湖畔の 二階から 空 を 眺めて ゐる內 に、 いかにも. f うつと 昔から、 自分が 生れる より 

もす うつと 昔から 倦ます 撓 ゆます かがやいて ゐた であらう 星の 無關 心なのに 氣 押されて、 恐 

れと 驚きの 表情に なった」 

かう いふ 恭 一の 氣 持の 表現 をみ て、 ひとは、 この 背後に 六 歳の 少年の 肖像 を 描く こと は不 

可能で ある。 これに 類似の、 あるひ はこれ ほどまで、 まだ はっきりした 形 を とらない、 この 

やう は 感情が、 六 歳の 子供の なか にないと はい はない。 しかし この やうな 表現で は、 「六 歲」 



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とい ふこと が、 あまりに 無 5g されて ゐる ではない か。 これ は 早熟 を 表現した ことに もなら な 

い。 六 歳の 肉體と こころ を 無視して ゐる。 六 歳と いふ 實感 が、 作者の なかに 全くな く、 提出 

して ゐる 問題の 方にば かり 眼が 向いて しまって ゐ るので ある。 しかし 六 歳の 肉體と こころ を 

描く ことなしに、 提出して ゐる 問題の み を、 生き生きと 迫らす こと は 不可能で ある。 「まま 

は、 きっと 京都へ いった ぼば のこと 思つ てんの ね」 とか 「うちの 前に 自動車が とまった 力ら、 

ぼば かと 思つ たんだけ ど、 まあ、 よかった」 などと いふ 恭ー の會 話に しても、 意味 だけ は傳 

へ 得て ゐる にしても、 六 歳の 會話 として、 躍如と した もの はない ので ある。 子供の こころに お 

對 して、 ほんとの 思 ひやり がない ため、 言葉が あまりに 餘 韻が なく、 あけすけ なので ある。 

ひとつひとつ 例 を あげて ゐる となが くなる から 省略す る けれど、 その他、 子供の 心理に 力 

こつけ て、 無意識に、 子供の こと は 思 ひやら す、 作者 自身の 實感を 書いて ゐる ところな ども 

ある。 たと へば 二 頁 八 行 目 「しかし、 こんな 風に 凹まされる 苦味 はしょつ 中味って ゐ るので、 

恭 一 はまた、 大人の やうに 不滿な 言葉 はの みこんで しまった」 これ は、 むしろ 恭 一が しょつ 

.P 味って ゐる氣 持で あるよりも 作者 自身が、 その 日常生活に おいて、 しょつ 中味って ゐる氣 



持な ので あらう。 き はめて 概念的な 心理 描寫 のなかに、 この やうな 具體 的描寫 がま じってく 

ると、 水と 油 S やうに 融合 しないの である。 

その上、 いたるところに 通俗 小說の マンネリズム 的な 文章が 忍び こんで ゐる。 たと へば 1 

頁 最後の 行の 「柔和な、 厚味の ある 笑顔」 などと いふ 表現に しても 正確な 像が 浮んで こない 

の だ。 通俗 小說 的な 手法が、 どの やうな 弊害 を 生んで ゐ るかと いへば、 あまりに あらゆる 場 

合に 作者が 登場して きて、 なにもかも いってし まふた め、 描かれた 人生の 含蓄と いふ もの を、 

みんな 殺して しまって ゐ るので ある。 たと へば 七 頁 目に、 こんなと ころが ある。; 路子は 起き S 

ていった。 恭 一は 誰からの 電報 か 判った。 もっとも 湯治 中の 路 子に 來る 電報 なれば、 良人の 

光村に ちが ひなかった けれど、 恭 一 は 、「ばばから よ」 と敎 へられる までの 時間 を ひやひやし 

て 待った。 父親からの 電報 は 自分に は 前から わかって ゐ たの だとい ふ 氣が强 くした。 母親と 

二人で いつまで もこの 宿に ゐられ る 幸福 を、 父親が 嫉 んでゐ るの だと 思った」 大謄 にいへば、 

こんな 説明はなくて もよ いので ある。 その 前の 方で、 恭 一 の 心理に ついては、 讀者は 大體ゎ 

かって ゐ るの だし、 また ここで、 こんな こと を 作者が いふより は、 いきなり、 



づ 電報が 參 りました ので」 

つぼば からよ」 

「まま、 かへ るの」 

としてし まった 方が、 含蓄に なり はしない か。 通俗小説 では、 くどい ほど 説明し なければ な 

ら ないだら うが、 ほんとの 小說 において は、 なにもかも あけすけに いってし まう こと は、 讀 

者 の 想像力 の 參加を 許さす、 却って、 そこに 描かれる 人生の 奥行 を淺く してし まう ので ある。 

さう いふ 點、 通俗 小 說の筆 をと つて ゐる丹 羽 文 雄の埒 合、 今後よ ほどの 注意が 必要 だと 私 は 

思 ふ。 

六 歳の 子供の 提出した 問題が 主テ ー マと なって ゐ ると いったが、 これ はむしろ 父親 や 母親 

に讀 ませるべき もので あり、 父親 や 母親と して 考へ るべ さ 人生の 問題で ある。 もちろん ここ 

でも 一 應 母親の 考 へるべき 問題と して 提出され てゐ る。 しかし 作者 は、 ほんと に 母親の 考へ 

るべき 問題と して 追求して ゐる であらう か。 確かに 一 應は 追求して ゐる。 しかし それが 親 味 



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に缺 けて ゐる ため、 皮相に 落ちい つて ゐる こと はないで あらう か。 たと へば 母親の. 反省 を 

次の やうに 書いて ゐる ところが ある。 

「恭 一に は 乳母 をつ け、 主治醫 をき めて、 まづ 頭で 考へ 出せる 母性愛に は 何一つと して 手 落 

ちな く路 子は濟 ましてき た。 しかし 母の愛 情と いふ もの は、 理性 だけで は 十分で ない。 何 か 

もっと ほかに もやもや とした 特殊な 機能が 含まって ゐ るので はないだら うか。 理智 だけで は 

完全と は 云 ひきれ ない。 ちょっと 譜 では 捉 へられない やうな、 もっと 他の 世界が あるので は 

ないか」 

かう いふ 端 初 は、 もっと 奥深く 突 込んで ほしかった。 前のと ころで は、 なにもかも、 あけ 

すけに 書く こと は 奥行 をな くす ると 書いた が、 この やうな 場所で は、 作者の 思考と 想像の 翼 

を 充分に 伸ばして 問題に 當 面して ゐる 母親の こころ を、 うんと 堀り さげて ほしいの である 

ここに 書かれた やうな、 ひとつの 悲劇 は、 もちろん 父親の 悪意に よって 惹起され たもので 

はない。 父親 も 確に 子供 を 愛し、 子供の こと を考 へて ゐ るに 違 ひない。 さう いふ 意味で は、 

この やうな 父親 は 子供に どの やうな 愛情と 考へを もって ゐ るかと いふ こと を 探求す る こと 



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は、 ここに 示された 問題に 對 して、 ひとびとが 眞劍に 思索ん るた めに は、 當然 避けられない 

ことと して 浮び あがって くるべき ことで ある。 しかし ここに 提出され た 問題に ついて、 作者 

は 深く こころ を ゆすぶられて 思考して ゐ ないた めに、 父親の 子供に 對 する 氣持を 探る こと は、 

極端に 無視され てゐ るので ある。 以上の やうな 諸事 情が、 大 へん 作品の 中軸 を ぼやかして ゐ 

るので はなから うか。 

單に、 この テ ー マ を 書く ために 子供 を 無視した と 書いた が、 それで はテ ー マの 孕んで ゐる 

問題に、 作者 は 深い 關心を もって ゐ るかと いへば、 その 點も、 き はめて 淡. S ので ある。 結局 

のと ころ、 單純 といへば、 この 作者 は、 この 素材に 對 して、 こいつ は 書け るな と 思って、 そ 

れを すらすら 書いた だけな ので はなから うか。 

私 は、 彼が 人生の 新しい 領 野に 眼 を 向けつつ ある こと を、 非常に うれしく 思って ゐ るので 

あるが、 しかし、 その 新し. S 領 野への 切り こみ 方が、 單に 目新しい 材料と いふ こと だけ を 見 

て、 こいつ は窨 けるな とい ふとび つき 方に だけ 終って はいけ ない。 

新しい 領 野に 眼 を 向ける とい ふこと は、 材料の 眼 先き を 代へ ると いふ ことで はなく して、 



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人生の 新しい 問題に、 新しく 眞劍 にぶつ かって ゆく こと を 意味し なければ ならない。 そして 

そこに 人生の 深い 問題 を 見出す か、 あるひ は 激しい 感動 を こころに 漲らす かして、 新しい 領 

野 を 開拓して ゆかねば ならぬ。 新し、 い 人生の 側面に 眼が 向く とい ふこと は、 材 の 開拓で S 

なく、 人生に 處 して ゐる 人間と しての 思想の 發展 でなければ ならぬ。 さう いふ 反省への 出發 

こそ、 この 才能に 惠 まれた 作家の 將來を 確立す る ものである。 



田畑 修 一 郞の 孤獨性 



妙子屋 書房が 刊行して ゐ る小雜 誌に 「文筆」 とい ふの が ある。 先日、 その 雜 誌が 短篇 特輯 

をした とき、 田畑 君 も 短 かいもの を 書いて ゐた。 題 は 忘れた が、 地方の 旅館に 働いて ゐるぁ If- 

る 板前の 話だった。 作者の 眼に いつくしみが こもって ゐて、 行き届いた 肌理の こまかい、 好 

ましい 短篇であった。 僕 は 久しぶりに、 忘れて ゐた純 文學の 魅力に 觸れた 思 ひで、 自分の 氣 

持まで 澄んで くるの を 感じた。 

やつば りい い 作家 だな と 思った。 そして 今まで、 自分の 氣持 のなかで、 なに か、 このよき 

作家 を 閑却して ゐ たやうな 氣 がして、 すまなく 思った。 私 は、 彼の もの を讀 みかへ したくな 

り、 この 二三 月、 S 畑 君の 作品に 親しんで 暮 した。 田畑 君 は、 今月 も 三篇の 作品 を發 表して 



ゐる。 「中央 公論」 の 「黑 白」 と、 「新潮」 の ;岩 碟」、 「新 女苑」 の 「カンナ」 どれ も 調べの 

高さ を 失って ゐな いもの だが、 繊細な 世界 を 描いて、 鮮やか さの くっきりして ゐる點 では、 

私 は 「岩礁」 に、 いちばん、 こころ 魅 かれた。 「カンナ」 も、 商品と しても 充分 通用す る 美 

くしい 作品 だが、 ただ 田畑 君の ものにして は 容易な 書き方 をして ゐて、 そのために あいまい 

なと ころが あるが、 そのために 少女小説 好みの 餘韻を 生んで ゐる ともい へ る。 

今度、 芥川 賞の 詮衡 に當 つて 注目され た 創作 集 「鳥 羽 家の 子供」 は、 今のところ、 彼の 唯 

1 の 創作 集で あるが、 この 創作 集 は、 最近に 私の こころ を 動かした ものの ひとつと いふ こと 

がで きる。 

今日の やうな 時勢の もとで は、 彼の 藝術 は、 華美な 位置 を 占める こと は 困難で あらう。 し 

かし、 この やうな 時勢の もとに も、 田畑 君の 藝 術が、 少しの 安 協 もな く、 ちゃんとした 張り 

を もって、 ひそ やかに、 しかし 然と 存在して ゐる こと は、 藝術 のために こころづよ いこと 

である。 

しかし、 田畑 君の 藝 術が、 ここで 終る か、 新しい 發展を 開拓す るか、 さう いふ 點 からい ふ 



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と、 氏が 對象 として ゐる 世界 や、 その 年齢から も考 へて、 前號で 所感 を 述べた 中 山 義秀君 同 

樣、 やはり 轉換 期の 危機に 立って ゐ ると 思 ふ。 とい ふの は、 今まで 書. S たもの は、 令までの 

ものと して、 充分 價 値の ある もの だ。 しかし、 この 世界に とどまり、 この 世界に 生きて ゐる 

だけで は、 彼の 今後に 大きな 仕事 を 期待す る こと はでき ない。 このまま ではい けない。 變ら 

なければ いけない。 しかし 私が 變 ると いふ 意味 は、 黑が 白になる とい ふこと ではない。 黑が 

黑と しての ー&の 大きさ を もつ ことで ある。 

田畑 君が 今日までに 書いて きた 小說 は、 大きな 眼から 見れば、 誠實に ひとつの 觀 念に 憑か !? : 

れた靑 年の 誰もが、 その 青年時代に 書き 殘す 手記で ある。 信念 生成の 記録で ある。 もの を眺 

める ための 地盤の 建設で ある。 さう いふ 意味から いふなら ば、 私たち は、 田畑 君の 今日まで 一 

の 仕事から、 どんな ひとたちに でも、 是非よ ませたい 小說を 得た と はま だいへ ない。 むしろ 

彼が 今日まで に 書きつ づけて きた 手記に よって、 ここに ひとりの 作家が 立って ゐる とい ふこ 

と を 確かに 信じさせる とい ふこと は 容易で ない。 信じて よい 信念 生成の 記錄を 示した こと は 

讀 者の 前に、 その 未來を 約束した ことで ある。 



の 我がまま ともい へ る。 

かう いふ 事情 は、 芥川 賞詮衡 で、 , ^緣の 親しみ を もって 田畑 君 を 支持した 佐 藤 春 夫の なか 

にも、 私 は 酷似した もの を 感じる。 最近の 佐 藤氏に は、 私 は、 はっきり 失望して ゐる。 しか 

し 佐 藤氏が、 最近い い 仕事が でき なくなつ たの は、 おそらく 幸福に 暮 して ゐ るた めだと 思 ふ。 

すくなくとも、 傑れた 作品 を 書いた 時分に 比べて、 家庭的に だけで も惠 まれて ゐる であらう。 

その上、 佐 藤氏に は、 もはや 不幸 を假設 する だけの 靑春 はない。 不幸 を 探す 太宰 治に 昔日の 

夢 を 呼び さまされる ほど、 佐 藤氏 は 老けて ゐる。 

田畑 君 も、 常に ある 程度、 不幸 を 身近 かに もって ゐな いと 書け ないひとの やうな 氣 がする。 

さう いふ ひとに 共通した 性格 は、 わがまま であり、 孤獨を 常にみ づ から 求める とい ふこと だ。 

そして、 藝 術が、 さう いふ ものの 上に 立って ゐる とい ふこと は、 それ をき わめて 純粹 にし 

てゐ ると 同時に 小さく もして ゐる。 深く こころに しみて くる ものが あるに も かか はらす、 讀 

者 を、 その 世界に 溺沒 さすた めに は、 どこか 弱 々しさが 運命的に あるの だ。 

不幸 感が 確かに 今日の 期待すべき 田畑 君 を 育てた と 思 ふ。 しかし 同時に、 そ, の 不幸 感を原 



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動力に して ゐる ことが、 今後の 田畑 君の 發展 のために は、 むしろ 弱點 になる ので はない 力と 

私 は 思 ふ。 . 

田畑 君 は、 自分で 自分 を、 自分 以上に も 自分 以下に も 見ない やうに、 實に 冷靜な 努力 をし 

てゐ る。 自分 を 決して 自分 以上に 見まい とする 着實 さと、 自分 を 決して S 分 以下に 見 まレと 

する 自負、 彼の 小說の 調べの 高さ は、 そこから きて ゐる やうに 思 ふ。 

その 點、 自分の 內面 世界 を 描いて、 田畑 君 ほどの、 あいまいさ のない 正確な 筆 を もって ゐ a 

る ひとは、 今日、 誠に 稀 だと 私 は 信じる。 さう いふ 點 では、 實に 得が たい 作家 だとい ふこと 

がで きる。 さう いふ 筆 は、 自然の 描寫の 上で も、 しばしば 見事な 光 を 放って ゐ るのに ぶっか 

る。 ただ、 この 眼 は 敏感に 輕 々しく 動き 廻る やうな こと はしない ので ある。 ひとつと ころ を 

じっと見る。 そして 決心が つくと、 實に 冷酷に 突つ ばな して 書く。 一種 妖氣を もった 正確さ 

で 自分 を 書く。 簡潔な 筆で、 しかも 決して 急所 を脫 がさな いのは、 この じっと見る 力の ため 

だと 思 ふ。 じっと見て ゐる うちに, 見て る對 象と 自分の 區 別が ぼやけて しまって、 なんの た 



めに なに を 見て ゐる のか わからなくなる。 さう いふ 狀 態のと ころで、 田畑 君 は、 しばしば 獨 

白めいた 言葉 を 感傷的に 書き つらねて ゐる。 そして それが なかなか リリカルに 軟骨の 役目 を 

演じて、 小 說の效 菜に 役立って ゐる。 

無責任に 筆の 動いて しま はない ところに、 田畑 君の 小說の 重厚 さは 生れて ゐる。 しかし 今 

後、 もっと 視野の 廣ぃ 世界 を 描く ために は、 もう 少し 勢 ひの あまった やうな 柔軟な 運筆 も あ 

つても いいので はないだら うか。 それが 彼の 小 說の骨 を、 もうむ しばむ こと はないだ け、 彼 

の 小 說の骨 はも はや 確かにな つて ゐ ると 私 は 思って ゐる。 いっか 「早稻 田 文學」 に謦 いて ゐ 

た 子供の 遠足に ついて ゆく 小說 を、 今、 思 ひだした が、 あれな ど は、 作者 自身、 さう いふ こ 

とに 氣づ いて、 謦 けない 苦し さから 思 ひついた 筆法だった ので はなから うか。 

田畑 君の 小說に は、 しばしば 田畑 君ら しい 青年が、 憂 管な 不幸な 顔 をして 登場して くるの 

に出會 ふ。 そして その 靑年 をめ ぐって、 いろいろな 人間が でて くる。 

さう いふ 小說 のなかで、 いつも 私が、 いちばん 厚意が もてな いのは その 田畑 君ら しき 靑年 



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周圍の 人間 も 正確に 書いて ゐる。 さう いふ こと は、 できさう で、 なかなか できない こと は、 

作者が どんな 情熱の 故に、 それ を 書かねば ならな かつ たかを 理解す るなら わかる であらう。 

讀 んでゐ て、 私 は 主人公が 嫌 ひになる、 とい ふの は 作者が 主人公の 不幸の 原因 を、 周圍の 

理由に しないで、 主人公 自身の 內 部に、 その 理由 を 探さう として ゐ ながら、 主人公の 自己 嫌 

悪に、 はなはだ 中途半端な ところが あるから だ。 極端に. S ふなら ば、 趣味 的に さへ 見える こ 

とが あるから である。 

もしも 作者が、 この 主人公に 徹底した 憎しみ を もち、 しかも その 主人公 を 書かねば ゐられ 

ない 愛情 を 燃えた たせて ゐる のなら、 讀者は 逆に、 その 主人公 を 愛さねば ならなくなる であ 

らう-。 . 

この 主人公の 不幸 は、 わがまま を 大きな 原因と して ゐ ないか。 もちろん 作者 もさう いふ 面 

に觸れ てはゐ る。 しかし なぜか、 そこに 切り こまないで、 それ を遠卷 きにして ゐる 感じが す 

るの だ。 

そこにく ると 作者 は、 實に 冷たく 讀 者の 前に 立ち ふさがって、 主人公の 姿 を かくして しま 



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うが、 私に は それが もの 足りない ので ある。 

しかし、 もしかすると、 そこに は 切り こむべき もの はない のか もしれ ない。 それだった な 

ら、 もう、 この 世界 に^れ を 吿げて ほしい。 

この 高い 調べと 確かな 筆 を もって、 新しい 出發 をして ほしい。 . 

とうとう 孤獨 性の 解剖まで いかない うちに、 枚數が なくなり、 走り書きで 支離滅裂 だが、 

私 は、 この 作家の 立ち あがる こと を、 切望す る ものの ひとり だとい ふこと を いひたい ので あ 

る。 

その他、 坂 口 安吾 氏の 「吹雪 物語」 に は、 もっと 正確さが ほしいと 思った し、 川 翳 氏の 

【龍 源 寺」 に は、 もっと 愛情が ほしいと 思った。 そして 「般若」 6 秋 山 正 香 氏に は、 もっと 

精密 さの 加って くる 將來を 待ちたい と 思った。 雜 誌の 小説で、 あまり 評判に ならなかった も 

ので は、 「文 藝」 九月 號の 壺井榮 氏の 「大根の 紫」 を、 このごろ もっとも 好ましい ものと 思つ 

た。 女の よさが 生きて ゐる。 



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中 山 義秀の 新しき 出發に 寄す 



「ながい 苦難の 道 を 歩いて、 遂に 彼 は 自分の 鑛脈を 堀り あて、 自分の 作家 道 を 確立した の は 

中山義 秀で ある。 僕 は 中 山 氏の r 榮耀」 を 讀んだ 日に は、 ちょっと 興奮して、 この 作家 も遂 お 

に 立ち あがった とい ふ氣持 をつ よくした。 次に 「厚 物 を 讀んだ ときには、 僕の 氣持は 一 

5^ 確實な ものと なり、 この 作家へ の 讃辭を 書きたい と 思った」 

本誌 七月 號の 時評の なかに 書いた、 この 文章に 噓 はない が、 いくぶんの 誇張が ある。 これ 

らの 作品に 對 して、 「鱗 脈 を^り あてた」 とか、 「作家 道 を 確立した」 とかい ふ 言葉 は、 書き 

ながら、 少しつ よす ぎる やうな 氣 持が したが、 私 は、 さう いふ 言葉 を 使 はなければ ゐられ な 

いほ ど、 この 氏の 精進の 結晶に 敬意 を 感じた。 とい ふより は 氏の ながい 作家 修業の 來し 方に 



感慨 を おぼえた とい ふ 方が 適切 かもしれ ぬ。 遂に 立ち あがった とい ふ 感銘 を 受けた ので ある。 

もちろん 文壇の 本年度 上半期の 第一 等の 佳作と いってよ い 作品で ある。 今度の 「藁」 も 贖み 

ごた への ある もの だ。 

それに も かか はらす、 私が、 自分の 護辭 を、 いくぶんの 誇張と いふの は、 これらの 三 作に 

よって、 氏の 作家 的 前途が 洋 々とひら けて きたと は 思へ なかった からで ある。 この 作品 はい 

い、 しかし それ は 氏の 將來 への 大きな 期待と いふ ものに は、 すくなくとも 僕の なかで は 結び 

ついて ゐ ない。 むしろ 追 ひ つめられ、 追 ひ つめられた 行 きづまりの 上 に^きで た 佳篇 だと 思 

つて ゐる。 これらの 作品が、 道 を 切り 拓 いて 到着した 地點に は、 新しく 大きな 出發が 孕まれ 

てゐ ない。 この 道 は 行き 詰って ゐる。 今のところ、 私に は、 どうしても、 さう 見える。 

前の 文章で、 私の 眼に 寫 つた、 さう いふ 半面に は、 全然 觸れ なかった ことに、 私 は、 自分 

の讀辭 に、 いくぶんの 誇張 を 感じて ゐる 理由が ある。 そして それ は 必要な 誇張 だと 思って ゐ 

た。 とい ふの はとに かく、 この 仕事 は 一 應 高く 評價 されなければ ならない。 それだけの 價値 

を 充分 もった もの だ。 もしも、 この 仕事が 高く 評價 されない やうな ことがあった .> なら、 それ 



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は 作家に とって、 あまりに みじめす ぎる ことで はない か。 (しかし そんな 氣持 は、 氏の いは ゆ 

る 苦節 十 年 を 遠目ながら 見て きた 私の 甘い 感傷 かもしれ ない が) 

文壇の 評價 は、 やはり 公平で ある。 氏の 作品 は 大きな 反響 を 呼んだ。 その上、 今日、 芥川 

賞の 榮譽 を與 へられた こと を 知った。 作者 を元氣 づける こと もで きたし, 公平な 評價も 得た 

わけで ある。 これ 以上つ け 加へ るべき 讃辭 は、 もはや、 私の なかには、 なにも 殘 つて ゐ ない。 

私 は、 安心して むしろ 觸れ なかった 半面に ついて 一 言し なければ ならない。 

始めて 「榮 耀」 (文藝 二月 ) を讀ん だとき、 なんとい つたら よい か、 私 は 一種の 人間的 竄 

感 のしみ てゐ るのに 打 たれた。 しかも それが 今までの 氏の 作品と は、 がらつ と變 つた 厚み を 

もって ゐる。 しかし それ は 心理的 解析 力と か 深い 人間的 把握 力と か敎 養の しみた 文 學的觀 察 

力と か、 なに かしら、 その やうな 才能の 豐燒 さに よって、 キ リツと 切り こみ 築き あげた、 あ 

の 氾濫す る豐富 さの それと は, どこか 違った ものである。 いはば 年齢が 身に つけた 常識 を 氏 

は 最近の 三 作で、 かなり 十二分に 生かして ゐる。 その 生かした ことから きて ゐる、 一種の 人 



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間 的 厚みで ある。 氏の 作品が 與 へる 感動 は、 作品と しての 出來榮 えの 素晴らし さよりも ス 

間の 「運命」 についての、 氏の 常識的 判斷 が、 その 圓 熱の 故に、 ひと を 納得させる 力 を 潜ま 

せた ところから くる。 

しかし 圓 熟した 常識の 提示 だけで は、 藝術は 生れない。 ひとのこ ころに 傅って くる 情感の 

燃燒 がなければ ならない。 もちろん ここに も、 さう いふ 情熱 は 燃えて ゐる。 

しかし、 その 情熱 は、 かなら すし も 激しく 人間 探求、 人生 發 堀の 方に だけ 純一に は 向いて 

ゐ ないやう だ。 むしろ どうにかして 傑作 を 書きた いとい ふ 一 種の 熱病が つきまとって ゐ るの 

だ。 その 熱病が、 作品に チラ チラ 顏を あら はすの は 作者の 氣の 弱さから きて ゐ ると ころも あ 

るで あらう。 しかし 同時に、 その 熟 病が、 これらの 作品の ために、 それ を まとめる 一種の 額 

緣っ 役割 を 演じて ゐる こと も事實 だ。 つまり 適當 に、 あるひ は 自分に 必要な やうに 人物 を處 

理 して ゐ るので ある。 同時に その 熱病の ために、 觀 察に、 圓 熟した 常識 以上の 柔軟な 理解の 

餘裕も 失せて ゐる。 その 餘裕の 失 はれて ゐる ことが、 これらの 作品の 緊密 感を 形成し、 魅力 

と はなって ゐ. るが、 それが 魅力と なって ゐる ことに、 將來 の發展 の土臺 としての、 これらの 



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作品の 臉 弱さの 原因 も ある。 

餘裕 がない とい ふこと は、 これらの 作品に 對 する 作者の 力み 方が、 あまりに 悲愴な 風貌 を 

もって ゐる とい ふこと だ。 その 悲槍 は、 人間 探求の 方に よりも、 傑作 熱望の 方に 向いて ゐる。 

作家と して 苦難の 道 を 歩いて きた 辛 さが 露骨に ですぎて ゐ るので ある。 ぎりぎりの ところ ま 

で 追 ひ つめられた 悲鳴に 似た ものが、 この なかには こもって ゐる。 一 これでい けなければ、, 俺 

に は、 もう 小説 は 書 けん」 さう いふ 力み 方が この 小説の 一種の 切迫感 をつ くって ゐる やうに 

思 ふ。 そして さう いふと ころまで 追び つまって ゐた中 山 氏に、 私の 頭 はさが る 思 ひがした の お 

である。 

しかし 苦難の 道の 報 ひられた 今日、 私が、 まづ、 なによりも 中 山 氏に いひたい こと は、 こ 

の やうな 餘裕 のな さから 自分 を 救 ひだす こと だ。 今や、 さう いふ 餘裕 のな さから、 自分 を 救 

ひだせ る 地點に 立って ゐる。 そして 救 ひだした 自分 は, 今までより、 かなら. f 精神の 高い 位 

置に 立つ。 息切れす る 一 歩 手前で、 もの を 書く やうな こと をし ないです む。 そして そこから 

前途 は 切り ひらかれる であらう。 



r 榮耀」 が發 表された とき、 大體、 時評が 一致して 指 適した 缺點は 最後の 附け 足しが いけな 

いとい ふこと であった。 宇 野 浩ニ氏 は 今度の 「藁」 の 最後に ついても、 さう いふ こと をい つ 

てゐ るが (「文 藝」 昭和 十三 年 九月 號瘦 談會參 照) 私 も 同じ 氣持 がする。 ただ 「藁」 の 場合 

は、 あの やうにまで 盛り あげてく るた めの 幅の ある 盛り あがり 方が 足りなかった ので、 I 井 

孝 作の 言葉 を 借りれ ぼ、 その 點、 「藁」 も 「榮 耀」 も 材料の 消化が 足りない とい へる が、 「藁」 

が 描き 足りない とい ふの なら、 「榮 耀」 は 書き方が すれて しまった ために、 最後に 附け 加へ 

た、 作者の あの 感情 だけが、 どうしても 作品に 盛り こめす、 作品から はみだして しまったの 

だら うと 思 ふ。 しかも あれ を 書かない ことにば、 あの 小說は あまりに 作者に 味け ない。 

「榮 p 一 を、 もしも、 このままの 作品と して、 最後 だけ 切り とられて あったならば、 ひとび 

と は、 なんとい ふで あらう。 ここに 描かれた、 この ひとつの 運命の しめくくり として は、 最 

後が あまりに、 はかなく 弱い ので ある。 この 最後 は、 作者 も、 ちょっと もてあまして ゐる。 

うまく たちきれて ゐな いので ある。 うまくた ちきれ なかった の は、 書こうと した ことと 書い 



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たこと とが、 すれて ゐ るから だと 私 は 思って ゐる。 

つまり、 ひとびとが 駄足 といって ゐ, る:::^ 後の 一 頁に 書いた 文章の なかに こめられ こ ゐる感 

情內容 とい ふ もの は、 作者が 是非 書きたかった ものに 違 ひない の だ。 ここに 書いた 禺 里子の 

印象と いふ もの は 作者が 萬 里子から 受けた、 もっともつ よい はっきりした 印象で ある。 しか 

も 作者の 幻影の なかに 殘 つて ゐる。 この 萬 里子の 姿 こそ、 作者が 彼女の 運命 を 描かう とした 

情熱 を 燃えた たせる ために、 き はめて 大きな 根據 をな して ゐ るの かもしれ ない。 讀者 は、 こ 

の ひとりの 女の 生涯 を譃み 終って、 作者と ともに、 「萬 里子に たいする 測隱の 心さへ 湧いて」 It 

こなければ いけない の だ。 つまり、 最後に 附 加した、 萬 里子から け受た 印象 は、 作者に とつ 

て は 書か. f に は ゐられ ない 重要な ものである。 

この 作品の 失敗 は、 この 重要な 感情が、 構成され た 筋の なかに 混然と 融け こまないで、 そ 

れ だけが 溶解し ない ままに 小說 から はみだして しまった ことで ある。 萬 里子の 魅力 を、 もつ 

と惣れ ぼれ と、 彼女の 生涯の あらゆる 場面に 生かさねば ならなかった の だ。 それに も かか は 

らす、 構成され た 筋の なかで は、 作者 は、 あまりに 冷靜 に、 萬 里子の 運命の 語り手と なり 解 



釋者 とだけ なって しまった ことが、 私の いふ 書こうと した ここと、 書かれた ことが、 すれて 

ゐ ると いふ 意味で ある。 これ は氣の 弱さ かもしれ ない。 しかし 餘裕 のな さから もき てゐ ると 

思 ふ。 、 

片岡鐵 兵 氏 は 「文 藝」 九月 號で、 中 山 氏 を 次の やうに 評して ゐる。 「薹」 を 贖んで、 「以前 

分らな かつ 弱點の 由來が 私に 會得 出來 た。 それ は 中 山 君に 或る 臆病が あつたの だとい ふこと 

なの だ。 中 山 君 は その 噫 病 を 意識して はゐ なかった。 しかし、 それ は 自然、 素材の 構成で、 ?:! 

部分々 々 の 採り上げ 方の 不均衡と なって 表れざる を 得なかった の だ。 氣が 弱かった ので ある。 

この種の 作者に は、 外部から 自信 を 植えつ けて やる のが 何よりも 必耍 だら う。 彼 は 天狗に な 

れ ばなる ほど、 本來の 面目 を發 揮す る。 無用の 卑下 や 無用の 誇張 を やめて、 純粹 なる もの を 

表現す る やうになる。」 I 

これ は、 なかなか,^ たはり のこ もった 言葉で は あるが、 私に は、 どうもい ひ 方が 淺く 見え 

て 仕方がない。 私 は、 むしろ 臆病 こそ 氏の 眞 情だった し、 その 臆病と 自信の なさの だめに、 



氏が、 この 十 年に 腹の なかに 貯へ たもの こそ、 氏の 今日の 作品の 厚みに なって ゐ るので はな 

いかと 思 ふ。 

中 山 氏 は、 最近の 三 作で、 多く 世間から 理解され なかった 人間への 理解 を 書いて ゐる。 か 

うい ふ 理解の 深まり は、 氏が、 みづ からの 噫 病の ために、 ef 分 を 充分 發揮 できなかった 苦し 

みのな かで 養 はれた もの だと 私 は 思って ゐる。 しかし、 さう いふ 人間への 氏の 愛情の 示し か 

たは、 その 人物た ちに 對 して、 讀 者に 微妙に 同情 を强耍 して ゐる ところが ある。 かう いふと 

ころに、 氏の さびしがり やが 顔 を のぞかして ゐ るが、 かう いふ 同情の 强ひ 方に は、 世間に 對 

する 一種の 甘つ たれが ある。 むしろ 孤獨で ゐられ ない 臆病 さからく る 甘つ たれ を 捨てて、 ,v 

つと じっと 耐える 力 を、 もっと こころの 豐 かさの なかに 捕へ 得るならば、 おそらく 氏の 作品 

は、 一層の 深い 清澄 を 加へ る だら うと 私 は 信じて ゐる。 

これらの 三 作の 背後に 立って ゐる中 山 氏の こころと いふ もの は、 一種の 咏嘆 家で ある。 そ 

して 人間の 生涯と いふ もの を、 き はめて 常識的に、 すべて 運命的と 見て ゐる。 性格の 宿命と 



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いふ もの を 書いて ゐる。 しかし ここで はま だ、 その 性格の 宿命 を 堀り さげる よりも、 性格の 

經歷の 羅列の 方に、 作品の 重厚 さ を 任せて しまって ゐる。 作者 は、 性格の 宿命の 探求 家で あ 

るよりも、 性格の 宿命の 傍觀 者で ある。 もしも、 この 作者が、 この 傍觀 者の 道を迪 るの なら 

私 はこの 作者に もっと 描 寫小說 を 書く こと を 望みたい。 それ は 作者が、 ここで 試みて ゐる技 

法より は、 はるかに 苦しい 技法 かもしれ ぬ。 しかし それが 氏の 世界 を廣く 切り ひらいて ゆく 

ための ひとつの 重要な 方向で はない かと 私 は 思って ゐる。 

いろいろ 非難 を 書いて しまったが、 この 作者が、 どんな 場合に も 大地に 足 を じっくり つけ 

て、 上づら ない 大きい 仕事 をされ る こと を こころから 祈って 筆 をお く。 



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十 和 田 操に つ いて 



一 

本誌に 四 ヶ月に わたって 連載され た 十 和 田 操 君の 「屋根裏 出身」 が 先月 號で 完結した。 僕 

は、 ここ 四 ヶ月 は、 本誌 を 受取る ごとに、 この 小說 を、 いつも 一番 先に よんだ。 大 へんた の 

しい 小說 であった。 僕 は 十 和 田 君が 好きで ある。 ひと を 親しい 氣持 にさせないで. はおかない 

もの を もって ゐる。 その上、 なに か 獨自な もの を もって ゐる。 僕 は 未だ それが どうも はっき 

りと つかめないで ゐ るが、 そのこと は 同時に、 十 和 田 君の 方で も、 まだ ほんと に 彼の 獨自の 

本領 を發 揮した 仕事 をして ゐ ないた めで はなから うかと も 思 ふの だ。 



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十 和お 君の 今まで 書いた、 いろんな 文章の なかで、 彼の もって ゐ るいろ いろない いものが 

もっとも 結晶した 美く し. S 姿 をして あら はれて ゐ るの は、 彼の 短篇 集 「判任官の 子」 の 後書 

だと 僕 は 思って ゐる。 十 和 田 君の こと を考 へて ゐ ると、 いつも 印象 鮮明に 頭に 浮んで くるの 

は、 あの 愛兒伸 坊に與 へて 書いた 「後書 一 である。 十 和 田 君 を 知る のに、 實に 適切な 短文で 

ある。 彼 を 紹介す るた めに は、 その 代表作の 筋 を 語ったり、 小說の 一節 を 引用した りする よ 

り も、 比較的、 讀 者の 眼に 觸れ る機會 がすくなかった だら うと 思 はれる、 この 短文 を 示した 

「こ の 御 本 を伸坊 にも 贈る。 

これ は 父 公の 小說が 初めて 御 本に なった 記念 だ。 父 公 は 大きな くせに 嬉しがって ゐる。 父 

公が 子供のと き伸坊 のお 祖父ち やん は 未だ 判任官のお 役人だった。 父 公 は 大きくな つて 小說 

を 書く 人に なった が、 父 公の 考 へて ゐる 小 說は仲 え 人が 賛成し な い から 父 公 は 未だ 判任官 に 

も なれない。 それで 伸坊が おとなしく 御釵を 食べて ゐる ところ や、 夕 御飯 を 食べながら お腹 

が 一 杯になる とお 寒と お茶 碗 を 持った まま 食卓, y もたれて 小さい ヮ ン ワン の やうに 居睡 りし 



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も それに も かか はらす、 こころ を溫 かに もちた えて、 のびのび とした、 ひとの 氣持を じめつ 

くものから 救って くれる ものが ある。 十 和 田 君が 自分 を 愛して ゐる 姿に、 環境に うちかって 

ゆこうと する、 自分で 自分に うちかって ゆかう とする もの、 意志的な 眞 面目 さが 針 棒と なつ 

てゐ るから だ。 「羽 蒲圍」 の やうな 抵抗力 を もった 對 象との 間の 心理的な もの を 扱った 作品、 

かう いふ 作品 は、 僕 はそんな に 高く 買へ ない ので ある。 前の やうな 自由自在な 筆致に 比べて 

いかにも 下手糞で 中途半端に 見える。 くっきりと 浮び あがって きて、 ひとのこ ころに しみて 

ゆく ものに 缺 けて ゐ るの だ。 

おそらく 彼 は、 ひとと 爭 つて 苦しんだり、 反省した りする より は、 もっと ひと を 避けて、 

いろんな ことに じっと 耐える 修練の 方 を 積んだ ひとな ので あらう。 「判任官の 子」 は、 この 作 

家の さう いふ 修練の 樂屋 を舞臺 にした 小說 であり、 氏の 代表作と いっても よい ものと 思 ふ。 

ただこの 作品の 場合に もな ほ、 彼の 多くの 作品と 同様に、 ひとつの 鑛 脈が 彼のな かに あると 

いふ こと を 感じさせながら、 自分で 自分の 鑛脈を 堀り あてき つて ゐな いもの 足りな さが 殘る 

の だ。 折角の 本領の 上に、 はっきり 立ちき つて ゐ ない はかな さ だ。 僕 は、 この 作家が、 もつ 



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とぎりぎ りのと ころまで きて、 このな にか 模策 的な もやもやと 晴れ きらない ものが ふっきれ 

て、 立ち あがる 日 を ほんと に 期待して ゐ るの だ。 

「屋根裏 出身」 も 僕 は愛讃 したし、 この 作品の 連載 を 知った とき、 今度 こそ 十 和 田 君 はやる 

だら うとた のしみ にして ゐた。 しかし 結 菜 は、 この 作品 もま だ 十 和 田 君の 露骨 頂を發 揮して 

ゐな いと 僕 は 思 ふ。 彼 は、 もっと 才能 を もった 作家で ある。 「屋根裏 出身」 でも 彼の 異色 ある 

才能 はよ くわ かるし、 もっとく だらない 作家の 認められて ゐる 今日、 彼の 才能 はもつ と 認め 

られ てよ いと 思 ふので あるが、 しかし その 異色 性の 故に、 彼の 才能に ひとびとの 注目が なじ 

めない のかと も 思 ふ。 とにかく 彼の 異色 性 は、 まだ 戸惑 ひして ゐ るの だ。 その 點 では、 彼 は 

まだ もっと その 苦難な 道 を 歩かなければ ならない かもしれ ない が、 かなら す 自分の 才能 を 信 

じて、 その 苦難に 耐えて ほしい。 僕が、 さう いふ 氣持を もって、 ひそかに 期待して ゐる 作家 

に、 もう ひとり 本誌の 執筆 家で 今官ー 君が ゐる。 またな がい 苦難の 道 を 歩いて、 遂に 彼は自 



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分の 鑌脈を 堀り あて、 自分の 作家 道 を 確立した の は 中 山義秀 君で ある。 俟は中 山 君の r 榮耀」 

(「文 藝」 所載) を よんだ 日に は、 ちょっと 興奮して、 この 作家 も 遂に 立ち あがった とい ふ氣 

持 をつ よくした。 次に 「厚 物^」 (「文 擧界」 所載) を よんだ とき は、 僕の 氣持は 一 曆確實 な 

ものと なり、 この 作家への 讀辭を 書きたい と 思って ゐたの だが、 機會を 失した ので、 ここに 

記して ./<5 く。 

今 君 や 十 和 田 君 は、 まだ 中 山 君の やうな、 みづ からの 作家 的 地" 位 を 築く だけの、 自分 を^ 

り あてた 仕事 をして ゐ ない。 「屋根裏 出身」 にしても、 愛すべき 世界が 描かれ、 彼の 異色 性 は 

充分に 察知され る 作品で は あるが、 まだ 彼の ほんとの カは發 揮され てゐ ない ので ある。 

この 作品 は 四 回に わけられて ゐ るが、 それぞれの 章に、 それぞれの よさが あるが、 全體を 

通じて 比 絞して みると、 回 を 追 ふごと に、 作品の 印象が、 だんだん 不鮮明に なって きて ゐる 

の だ。 つまり 次第に 迫力 を 加へ て 盛り あがって きて ゐ ると いふより は、 次第に 力が よわくな 

つて 龍 頭 蛇 尾に 終って ゐ るの だ。 最終回が いちばんい けない。 最初の 第一 回が、 いちばん は 

りきって ゐる。 一種の 魅惑され る 興奮の なかに、 この 屋根裏の 世界 は 描かれて ゐる。 この 調 



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子で いったなら、 これ は 素晴らし いと 實際、 僕 は、 そのと き 思った。 古い 日記帳の 部分に な 

つてから も、 この 日記帳 は、 なかなか 面白い と 思った が 〔 僕 は 面白い と 思 ひながら、 また 別 

な 一面で は、 この やうな 形式に してし まった こと は、 作者が どうやら、 この 材钭を すこしも 

て あまして ゐる なと いふ 風に 考 へたので ある。 とにかく、 この 小說の 主人公と みられる 和 良 

さんが、 もう 少し がっしり とこの 小說の 構成の 中央に 立って ねて ほしい。 そして 和 良さん の 

眼 を 通して、 作者の 銳く 深い 批判力が 全體を ひきしめて ほしい。 

十 和 田 君は實 際い いひと だ。 しかし ここで は 十 和 田 君 はいい ひとすぎる とい ひたい。 けれ n 

ど それ はもつ と 意地 わるい 眼 を 働かさなければ いけない とい ふこと ではない。 とい ふの は 彼 

の 異色 性 を 築いて ゐる 大切な 要素と して * いいひと だとい ふ、 あのす つきり した 溫 かい 眼が 

重要な もの-たと 僕は考 へる からで, ある。 だから 小說家 は、 もっと 意地 わるい 眼 を 働かせろ な 

どと いふ こと はい はない。 むしろ 十 和 田 君の 眼の あたたかさ にもつと 清澄な 深さ を耍 求した 

いので ある。 たと へば 井伏 罇ニ は、 それ をし つかりと もって ゐる。 しかし 彼の ュ ー モアに は、 

まだ ほんと に 清澄な 滋味 をた たえた 深い 味 ひが 足りない。 



そのため に 調子に乗り すぎて ゐる やうな 文章で は、 淺ぃ 感じ だけ か 妙に 浮き あが つてし ま 

う ことがある。 しかも 淺. S 感じが 浮き あがって しまって ゐ る やうな ときで も、 外の ひとなら や 

りきれ ない 俗つ ぼい 淺 薄な 感じ を與 へる やうな ときで も、 十 和 田 君 は、 決して 不快 感を與 へ 

ない。 むしろ 淸 潔な 微笑 を 感じさせて くれる の は、 僕 は 素質の ひかり だと 思って ゐる。 しか 

しさう い ふとき は 騒音が まじって ゐる 感じで、 すんだ ひびき を こちらの 胸に 傳 へて くる 力に 

は缺 けて ゐ るので ある。 さう いふ ものが、 もっと 淸 澄な 深さ を 捕へ 得る やうな つきつめ 方に 

彼の 氣 持が つよく 向いて ほしいと 思 ふので ある。 それに は 自分の 素質に 甘えて はならない。 

彼 は 一 月刊 文章」 の 六月 號に、 r 惡 文の 矯正 法」 とい ふ 珍奇な 題 (おそらく 編輯 部の 出題で 

は あらう が) の 短文 を 書いて ゐる。 これ もお そらく 十 和 田 君で なければ なければ 書け ない な 

あと 思 はせ る、 ひと を 喰った、 しかも そこに すこしも 邪氣の 感じられない 文章で あるが、 僕 

は、 彼が かう いふ 面白さの なかに おぼれて しま ふこと を、 いちばんお それたい ので ある。 

『その 昔 同人 雜誌 「白樺」 に據 つて 貴族 流の 惡文を 揮って ゐた志 賀直哉 氏 や 武者 小路 實篤氏 

は 今日、 志賀氏 は小說 の祌樣 となり 武者 小路 氏 同じく 不動明王 となった。 又 「文藝 時代」 に 



據 つて 新 感覺派 初期の 悪文 を揷 つた 作家 達 も 同樣、 中で 横 光利 一 氏 は 一 t- は 文學の 神様と 祭 

られ たし、 川端 康成氏 は 今 尙小說 の 菩蔭樣 に ましまして ゐ る。』 

これ は 前記の 文章の 一節で あり、 よんで ちょっと 面白い が、 かう いふ 思 ひっきで ある こと 

以外に 內容 のない やうな 文章に 自分の 才能 を 浪費し ないで ほしいの である。 それが この 異才 

を 大きく 成長させる 道 だと 思 ふ。 

谷川 徹三氏 は、 かって 東 朝 紙上の 「文藝 時評」 で 十 和 田 君の ■「 平時の 秋」 (三 田文舉 所載) 

を よんだ 印象 を 次の やうに いって ゐる。 

隱岐和 一氏の 「早稻 田 文學! に發 表された ; 西陣」 に比べて、 「平時の 秋 は 「もっと 獨自 

な ものが ある。 (中略/テツ サン は確實 とはいへ ない が、 構圖と 線に は 面白みが ある。 稚拙な 

味が ある。」 かう いふ 言葉 だけで は、 かたづけ きれない 內容の 厚みに は 確かに 缺 けて ゐる。 

「禱圖 と 線の 面白み」 とい ふ 面白さ、 つまり 十 和 田 君の 小說の 面白さと いふ もの は、 一種 ス 



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グイ ル り, く 、、つれた 形に あると 風って ゐる。 しかし それが ほんと に 確實な デッサンの 描け る修 

練 を つんだ 上で くづ してきた 形と いふよりも、 最初から、 その やうな きびしい 修練の 方に 眼 

を 向けないで、 く づれた 形の 方にば かり 眼 を 向けて 書きつ づけて きた やうな よわさが 感じら 

れ るので ある。 らくがき 的な 文章の 線の 面白さに、 まだ ゆらぎない 骨骼がない やうに 恩 ふの 

である。 そのために 淸 澄な 深さと いふ ものが 湧き あがって こない ので はない かと 思 ふ。 

十 和 田 君と は 全然 違った 作家で は あるが、 たと へば 石川淳 なんか も 形 をく づ した 作家で あ 

る。 しかし それ はもつ と 確實な デッサン を もって ゐる やうに 思 ふ。 僕 は 石 川淳の 小說を 始め 

て よんだ とき、 この ひとはす ゐ ぶん フラ ン ス の小說 をよ く よんだ ひとに 違 ひない とい ふこと 

が、 最初に つよく 感じられた。 さう いふね らんた 味が あるので ある。 

十 和 田 君 は、 もっと ねられぬ かれる ために は、 うんと 高い 目標 をお いて、 安易に 自分の な 

かで 書く たのし さ を リてゐ ないで、 苦しい つきつめ 方 をすべき ではない かと 思 ふ。 珍重す 

べき 才能 はで あるが まだ 磨きが かかって ゐ ない。 なに か不滿 ばかり 書いて しまった 結^に な 

つたが、 僕 はかね て、 ひそかに この 作. IRA の 獨自性 を 愛し、 この 作家の 立ち あがる ことと, も 



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つと 認められるべき こと I つて ゐ たので、 「屋根 裏 出身」 完結 を I に、 この S- を 一回 さ 

いて 苦言 を呈 する ので ある。 を 一回 さ 



5 

8 



火 野 葦平に ついて 



昭和 十三 年の 春、 火 野 葦平 は、 鶴 田 知 也が 芥川賞 参考 力 ー ドに、 その 名 を 記した こと 力ら 

塞 員た ちの 知る ところと なり、 遂に 「寶 譚」 によって、 芥川賞 を 獲得した。 それまで 彼 お 

は、 九州の 一同 人雜 誌の 無名 作家に すぎなかった ので あるから、 この 新人 作家が 中央 文壇に 

登場して から、 まだ 一年の 歳月 さへ 經てゐ ない。 それに も かか はらす、 私 は 今、 彼の, を 

論じる に當 つて、 戰爭 のこと を 書いて ゐる 彼の こと 島へ ると、 なに か 手の 届かない ところ 

にある ものに 觸れて ゆかなければ ならない や. うな 困難 を 感じて ゐる。 

それ は、 m が、 あまりに 異常な 人氣 のなかに あると いふ ことのた めで はない。 異常な 人氣 

を? お. こした ー麥と 丘き や 「土と 兵隊」 の 作者が、 彼 だからで ある。 つまり 火瞧 平と 



いふ 一 作家の 心理の なかには、 私の: il れる 身近 かなものが たくさん あるの だが、 「麥と 兵 

隊」 や 一. 土と 兵 (啄」 は、 私の 生きて きた 人生 だけ を もって は、 今、 迎 りきれ ない 異常な 事實 

の 世界 を 示して ゐる。 それ 故、 示された だけの 事實 を、 じっと見て、 ここから 戰爭を 知る と 

いふ ことの 方が、 大きな 感動に なって ゐ るので ある。 この 作品の なかで は、 火 野 葦平と いふ 

人間に 對 する 興味よりも、 戰爭 の事實 の活寫 とい ふことの 方が、 比較に ならない ぐら ゐ、 大 

きな 魅力に なって ゐる。 

; s4 が、 ここで 論じたい と 思って ゐ るの は 火 野 葦平で あるが、 今日、 世間 的に 大きな 存在と 

なった の は 火 野 葦平で はなく、 「麥と 兵隊」 と 「土と 兵隊」 である。 火 野 葦平の 存在が 大きく 

見える の は、 これらの 作品の 代名詞と してで ある。 そして これらの 作品が 大きな 存在で ある 

の は、 今のところ、 不朽の 傑作 小說 としてで はなく、 國民 全般が、 もっとも 深い 關心を もつ 

てゐ る戰爭 とい ふ事實 についての、 今日まで における、 もっとも 傑れた 報 導と してで ある。 

それ 故、 これらの 作品の 異常な 反響 は、 火 野 葦平が 今日の 文壇に おいて、 比較 を 絶した 天才 

作家で あるた めで はなく、 戰爭の 事實を 知りたい とい ふ、 國民 全般の 要求の 反映と 見る 方が 



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至當 である。 

しかし、 この こと は 火 野颦平 を 無能 作家で あると いふ ことで はない。 私 は 「麥と 兵隊」 や 

「土と 兵隊」 の、 今日 與 へられた 位置の 根據 について いって ゐ るので ある。 さう いふ 國民全 

般の 要求と 結びつかなかったならば、 これらの 作品が、 今日 示された もの 以上の 傑作で あつ 

て も、 今日 受けて ゐる だけの 反響 は 得られなかった であらう。 しかし、 さう いふ 反響の 得ら 

れ なかった 場合に も、 これらの 作品の 文 學的價 値 は、 それによ つて 減少す る こと はない。 た 

だ、 ここで は 反響が 文 學的價 値の ためば かりで はない とい ふこと をい ひたいの だ。 

戰爭の 魅力で はなく 火 野 葦平の 作家と しての 魅力が、 どれ だけ ひとびと を 捕へ るか は、 凱 

旋 した 彼が、 われわれの 住んで ゐる 平常な 人生 を 扱った 作品 を、. 世に 示す まで はわから ない 

ことで ある。 しかも 彼が、 さう いふ 仕事 を、 する かしな. S かさへ も、 今では わからな いので 

ある。 . 

と にかく <fr 日に おける 火 野 葦平 は、 これらの 戰 爭文擧 の 作者と し て 大きな 存在な ので あつ 

て、 これらの 作品 は、 火 野 葦平と いふ 偉大な 作家の 一作 品に すぎない とい ふ狀 態に はま だな 



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つて ゐ ない。 そして これらの 作品が 大きな 存在と なった の は、 戰爭の 事實を 知りたい とい ふ 

國民 全般の 要求の 力で ある。 、 

私が 今 この やうな こ とから 書き ださねば ならない 氣持 になった の は、 私が 今 ここで 對 象と 

しょやと して ゐる ものが、 「麥と 兵隊」 や 「土と 兵隊 一 の 代名詞 A- しての 火 野 葦平で はなく、 

人間 火 野 葦平と い ふ ひとりの 作家 だとい ふこと をい ひたいた めで ある。 

戰爭 とい ふ、 われわれの 知らない 事實の 世界に 飛び こんでいって しまった 火 野 葦平の なか 

から 火 野 葦平 を :n^ 失 はないた めに は、 それ 以前の 彼の 五篇の 作品が、 重要な 意味 を もってく 

る。 これら は 異常な 事實 の衝擊 によって 生れた もので はなく、 彼の 日常生活から 生れた 作品 

だからで ある。 もちろん これらの 五篇の 作品の なかに 流れて ゐる この 作者の 血 は、 確かに 彼 

の戰 爭小說 のなかに も 流れて ゐる。 これらの 兩 方の 作 を對 比して みると, 確かに 戰爭は 彼 を 

變 へて ゐる。 しかし 彼の 本質 は、 戰爭 の饋驗 さへ、 それ を變 へて ゐな いとい ふこと も わかる 

むで ある。 



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「糞尿 譚」 「河 t 极」 山芋 i 「修驗 道」 「帝 釋峽 記」 などの 作品 を 讀んで 痛感す る こと は、 彼が 

う ひう ひひし い 氣持を もって、 文學に 本氣で うちこめないで ゐる ことで ある。 それに も かか 

はらす、 文 ml とい ふ 掘け 口 を 借りなければ、 なんとも 表現で きないみ づ からの. 情 を、 どう 

にかして、 この 形の かに 盛り こもうと して ゐる ことで ある。 

そのために 彼の 作品 は、 小說の 純粹な 美く しい 形の なかに 息づ いて ゐ るより は、 むしろ そ 

の 形 を 崩す ことによって、 自分の 眞情を 語って ゐる。 形 を 崩す ことで しか、 ほんとの ものが 

語れない ので ある。 

自分の 生きて ゐる 場所 を 愛しながら、 自分の 生きて ゐる 場所に 倦怠 を 感じて ゐる 人間で あ 

る。 野心に 生きて ぬるよりも、 夢に 生きて ゐる 人間 だ。 そして その 夢 だけが 實 生活から はみ 

だす ことによって、 彼の 倦怠に、 一種の 人間味の 深い 陰影 を 宿させて ゐ るので ある。 力 を だ 

しきって 生きる 場所 を もって ゐ ない。 そこから くる 退屈 を かみしめる こどで、 その 世界 を 掘 

りさげよ うとして ゐる。 さう いふ 諦めた 生き方の なかに、 つよい 自嘲が しみて ゐ るので ある。 

九州の 一角で 彼が 書いて ゐ た小說 の、 殆んど 全部に 共通して 登場して くる 人物 は、 すべて 



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世の 敗慘 者め いた 影を帶 びて ゐる。 かう いふ 人物に 魅力 を 感じ、 かう いふ 人物 を 好んで 題材 

にす ると ころに、 彼の 倦怠感の ひとつの あら はれが ある。 

しかし、 その 登場人物 たち は、 いつも 生活に 夢 を 孕ませて ゐる ことで、 決して 單 なる 敗 慘 

者の 姿 は L てゐ ない ので ある。 むしろ 世間から は敗慘 者と 見える やうな 場所に、 みづ からの 

夢の ために、 生きる こと を 求めた ひとたち ともい へる の だ。 かう いふ 場所に、 この 作家の 眼 

が 向く の は、 彼のな かに 捨てても 捨てても 捨て きれぬ 人間に 對 する 鄕愁が 燃えて ゐ るからで 

あらう。 それが 彼と 文學を 運命的に 結びつけて ゐる ものである。 一度 は 文擧の 道から 離れな 

がら も、 遂に 文學を 捨てる ことので きなかった 血が、 ここに ある。 

そして 彼が、 九州の 一角で、 再び 文學を 始めた とき、 彼 は、 非常に 偏した 材料 を、 小説の 

崩れた 形の なかへ 盛り こむ ことで しか、 自分の 心情が 歌へ なくなって ゐ たので ある。 

學生 時代に、 彼と 同窓で、 一緒に 同人 雜誌を やって ゐた丹 羽 文 雄の 話に よると、 彼 は、 そ 

の當 時の 仲間の なかで、 いちばん 大人で あつたし、 いちばん 完成した 小說を 書いて ゐ たさう 

である。 それ は 形の 崩れて ゐ ない、 本道 的な 形式 を 歩いて ゐる 短篇 小說 である。 



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つまり 彼の 場合に は、 實 生活に とびこむ 前に、 才能が、 ひとつの 完成した 文學 形式 を 捕へ 

てし まった ので ある。 そして 彼 は、 そこで 一 應文學 から 遠の いて、 實 生活に とびこむ ことで 

人間的な 成長 をと げたので ある。 しかるに 彼の 文學 形式 は、 すでに 彼が 實 生活に とびこむ 前 

に 完成して しま ひ、 その 完成の まま、 そこに 置き 捨てられて あつたの である。 この 事情が 生 

んだ不 平衡から、 彼の 「糞尿 譚」 など ー聯 の、 あの 崩れた 形の 小説が 生れで たので はない か 

と 思 ふ。 

私は假 に、 文學的 才能と いふ ものと 人間的 成長と いふ もの を、 ここで 分けて 考 へて みたが 

それ は それほど はっきり わけて 考 へられる もので はない。 ただ 文學 との 密接な 關係 のなかで 

彼の 人間的 成長が 遂げられた のでない ために、 過去に おいて 完成して しまった 彼の 形式 は、 

今の 彼の 眞實を 生かす ために は 役立た なくなって ゐ るので ある。 もしも 彼が 再び 文學を 始め 

ると きに、 以前の 形式 を、 そのまま 踏襲す る ことができた のであるなら ば、 それ は 彼が 人間 

的に 成長し なかった ことになるの だ。 

そこで 彼 は、 その 形 を 崩す ことで、 自分の 心情 を、 そのな かに 生かした ので ある。 しかし 



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形 を 崩す とい ふこと はこと は、 形 を #; へる よりも 一層に むづ かしい ことで ある。 形 を 整へ よ 

うとす る こと は、 不足な 力量 を 助長し ようとい ふ 情熱で できる ので あるが、 形 を 崩して、 し 

かも 心情 を 生かす とい ふこと は、 過剩な 力量 を、 その 場所に 過不足な く 生かす とい ふこと で 

ある。 さう いふ 點、 彼 は 確かに 豐 富な 才能と 力量の 所有者で ある。 そのこと は 人間に ついて 

もい へる ことと 思 ふ。 

さう いふ 力量の ために、 彼 は 自分の 生活の なかの あらゆる 面に おいて、 眞劍に 努力して、 

それ を 成し とげなければ、 なしとげる ことので きない もの を 失って しまった 状態の なかに ゐ S 

る。 彼の 小說 のなかに、 眞劍な 努力に 對 する 憧憬が、 はにかんだ 表情 をしながら、 つよく で 

てゐ るの. は、 そのためで はなから うか。 これ は、 おそらく 倦怠が 生んだ 情熱で あらう。 

やがて 彼の 倦怠 を 吹き どば す やうな 狀 態が 彼 を 訪ねた。 生命 を 的に 戰 場に 立つ とい ふ 狀態 

である。 そこで は 眞劍な 努力が 要求され てゐ る。 彼が、 みづ からの 眞劍な 努力に、 いつば い 

の 生き甲斐と 陶醉を 捧げて ゐる さま は、 彼の 戰爭 小說を よんだ もの は 知って ゐる であらう。 

そして、 彼の 類廢 した 文學 形式 は、 この 偉大な 事實の 前に 立つ ことで、 再び 健康 を とりもど 



中里恒 子に ついて 



中 里 恒子氏 は、 日本の 文壇に もっとも 貧困して ゐる もの の ひとつ を豐 富に もった 作家で あ 

る。 評議 艮 諸氏の 選衡の 感想で は、 私の 思って ゐる そのこと に觸れ たもの は 見當ら なかった 

が、 しかし 4. 度の 芥川 賞が 中 里 氏に 授賞され たこと について は、 それが ひとびとの 氣づ いて 

ゐ ない もっとも 大きな 理由の やうに 思 ふ。 それ は ひとくちで いへば、 育ちの よさが もって ゐ 

る 感情と 感覺 とで もい つたら よいで あらう か。 それが 中 里 氏の 魅力で ある。 

今度の 芥川賞 は、 ひとりの 作家 を發 見した とい ふ 力に は缺 けて ゐる。 それ は 中 里 氏が、 す 

でに 著名 だからと いふ 理由からで はない。 ひとりだちの 作家と して 認める に は, まだ 餘 りに 

未熟 だとい ふ 理由から である。 しかし それに も かか はら. f 中 里 氏 を 選んだ ところに、 文 境の 



企てた のではなかった 偶然の よき 自己 批評が あり、 今度の 授賞 を、 文壇の 自己 批評と みると 

ころに、 もっとも 深い 意義 を 探し だ せる やうに 私 は 思 つて ゐる。 

中 里 氏 は、 もう 十 年、 小說を 書きつ づけて きて ゐる。 そして 可成り 以前から 一部の ひとた 

ちに は 支持され てきた やうで あるが、 私 は 今 もな ほ、 それほど 高く は評價 して ゐ ない。 支持 

する ひとたちの 支持す る氣 持に は、 ある 首肯 を 感じて ゐ るが、 私の こころ は、 まだ 中 里 氏の 

作品に 動かされ たこと はない。 それだけ 今度の 授賞 を 知った 最初に は、 誠に 意外の 感じ を受 

け、 やがて 本文の 當 初に 述べた やうな 氣 持に 落ちつい たので ある。 

それ 故、 評議員 諸氏が 中 里 氏の 藝術を 批評した 言葉の なかで は、 私 は 佐 藤 春 夫 氏の 言葉に、 

もっとも 同感 を 感じうる ものである。 佐 藤氏 は 次の やうに い つて ゐる。 

『多數 の 委員が 中 里 氏 を 選んだ の は 故な しで はない。 何しろ 「色の 白 いのは 七難 かくす」 作 

風に は 相違ない。 素質の いい 素人の 水 彩 畫か何 かの やうに、 明るい 新鮮な 趣の 好 もし さは あ 

る。 言 はば あまり 弱く たどたどし くさへ ある。 けれどもお 孃 さんの 水彩畫 の出來 のい いの を 



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買 はない かと 言 はれた やうな 心 持であった。 一 家 を 成す の はま だ少 々歳月 を耍 する ので はな 

からう か。 相當 年期 を 入れて ゐる とすると 稍 心細. S 氣 もして くる。 もしかすると あの 好し さ 

も 未 【元 成の ための もので、 年期 を 入れる と 失 はれる 質の もの かも 知れない などと も考 へられ 

てく る。」 

佐 藤氏の いひ 方 は、 可成り 假借 のない いひ 方で ある。 それだけに 私 は 同感 を 感じて ゐ るの 

だが、 他の 評議員 諸氏 は 『乘合 馬車』 のこの やうな 弱點を 全く 氣づ いて ゐな いわけで もない 

し、 知らない わけで もない やう だ。 むしろ 却って、 そこによ さ を 見出して ゐる ことに 一致し 

てゐる やうで ある。 氏ら の 證辭は 全く 同 一 の H ス プリの 上に 立って ゐる。 その 讚 辭を拔 いて 

みょう。 r 鮮 かで 綺麗 だ」、 「纖細 だし 色彩 感も あるし、 柔軟性に も 富んで ゐ る」、 r 柔 かく 細 

かい 花で ある」、 「味 ひも 細い」、 「大變 にう つくしい 小 說」、 「女性ら しい 繊細な 心 持が 美しく 

美事に 描かれて」、 「上品な 繪の やうな」、 i 明るい 小說」 誰が 讀ん でも 見出す よさ は 全く 同じ 

ところに あり、 同じ やう な 賞め 言葉 になる の は、 つまり この 藝術 世界が 非常 に單 純で、 複雜な 



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深さが なにもな いために、 ひとりの ひとは ある 一面の み を 見た が、 他の ひとは また 別な 一面 

を 見た などと いふ ことが 起らない ためで あらう。 さう 考 へる とき、 これらの 讃辭の 指示して 

ゐ る內容 の. 正し さと 同時に、 諸氏の 讀辭 が、 これほど 同一に なって ゐる ところに また、 中 里 

氏の 藝 術の 性格が、 はからす も 語られて ゐ るので ある。 

次に 非難の 言葉 も、 ひとつの 共通した 方向 を 示して ゐ るの を 見る とき、 この 作品の 單純さ 

は 一層 はっきり する。 私の いふの は單 純化で はなく、 單純 である。 あるひ は簡單 といった 方 

がよ いか もしれ ぬ。 「綺麗 ごと 過ぎる かも 知れない」、 「どうも 僕に は 底の 淺ぃ氣 がした J 、「少 

し 弱い」 

以上、 私の 拔き 書きした 靖辭と 非難の 言葉 を よんで、 敏感な 讀 者なら ば、 讃辭も 非難 も 中 

里 氏の 作品の なかの 同一な 面に 向けられて ゐる ことに 氣づ かれる であらう。 つまり、 かう い 

ふよ さの ある はりに、 かう いふ わるさが あると いふので はなく、 よさ それ 自身が もの 足りな 

さとな つて ゐ るし、 もの 足りな さそれ 自身が よさと なって ゐ るので ある。 佐 藤氏の いふ 「好 



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もし さも 未完成の ための もの 一 でと いふ ことが、 ひとつの 事實を 語って ゐる ことになる。 

よさが もの 足りな さで あり、 もの 足りな さがよ さで あると いふ こと は、 その 作品が 藝 術と 

してき はめて 中途半端 である こと を 物語って. S る。 よさ はあくまで もよ さとな り、 わるさ は 

あくまでも わるさと なると ころに、 ひとりの 作家が、 作家と しての みづ からの 宿命に 徹した 

藝 術が 存在す るので ある。 さう いふ 點 から、 中 里 氏 は、 まだ、 ひとりだちの 作家と いふ こと 

はでき ない。 

しかし 評議員 諸氏 も、 また、 中 里 氏 を ひとりだちの 作家と 認めて は對 して ゐ ないやう であ 

る。 たと へば 北 原 武夫 氏な どに 對 して は、 評議員の なかばの ひとは 作家 對 作家の 對 等の 口 を 

きいて ゐ るが、 中 里 氏に 對 して は、 どの 作家 も 作家に 對 した 顔で はしゃべ つて ゐ ない。 まる 

で 婦人 雜 誌の 投書の 選評 をす る やうに 優しく、 そして 素人の 作文の 採點 をす る やうな ゆとり 

の ある 表情で ある。 この 程度の 作品が、 この やうに 芥川 賞に 選ばれた とい ふこと は、 現代の 

日本 文壇に、 もっとも 貧困して ゐる もの を 中 里 氏が もっとも 豐富 にもって ゐ たため だと 私 は 

思 ふの だ。 その 點中里 氏 は 文壇 的 零圍氣 に 毒 さ れす に 文 學的雰 圍氣を いつも もちつづけ てき 



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た ひとの やう だ。 

日本の 傑れた 文學の 多く は、 大部分い は ゆる 日本人 的眞劍 さの なかに 生きす ぎて ゐ るので 

ある。 努力 的 精進 苦 業の 文學 である。 それ は 丁度、 七十 年で 今日 を 築いた 日本の 文化の 姿 を 

そのまま 反映して ゐ るので ある。 ある 意味から い へ ば 成り あがって ゆく ものの 苦闘の 緊張が 

ひと をう つので ある。 そして 多くの 文學 は、 文學の 苦し さの み を 語り、 そのたの しさ を 表現 

できなかった。 たのし さ を 表現で きなかった の は傳統 的な 育ちの わるさで あり、 そこから く S 

る 貧困の ためで ある。 眞劍 だが 痩せて ゐ るので ある。 

さう いふな かへ 中 里 氏 は、 香りた かく 文學 のた のし さ を もちこんで きたので ある。 しかし 

その やうな たのし さ を、 氏が もって ゐ たの は 素人 だからで ある。 (家庭 を もって ゐる ことが 

大きい 役割 を 演じて ゐる) そして 日本の 文 擅 も、 この 授賞に よって、 素人の もちこんだ 文學 

のた のし さ を 受け いれる ことの できるだけの 餘裕 がで きてきた こと を、 世間に 示した やうに 

a ふ。 私 は 中 里 氏の 授賞 を、 こんな 風に 考 へて ゐ るので ある。 



中 li^ 中 也 のこ V 



中原の 詩に は、 僕 は 深く こころ を 捕 へられて ゐ たが、 中原 は 嫌 ひであった。 そのこと は、 

ながく 僕 を 苦しめて ゐた。 生前、 僕 は 中原に 會 ふこと を 極力 避けて ゐた。 それでも 會 ふと、 § 

ごきげん をと る やうな こと をい つて は、 別れる とホッ として、 幾度 も 自分に いやな 思 ひ をし 

た。 僕 は 中原に 完全に 頭が あがらなかった。 その上、 いつも 恐迫觀 念みたい な ものに おび や 

かされて ゐた。 今でも、 それ は そのままの 形で 淺 つて ゐる。 中原と いふ 人間 は、 はっきりつ 

かめて ゐ ない。 避ける 氣 持が 本能 的に 動く ので ある。 しかも 僕に とって は、 生涯、 忘れ 捨て 

にす る ことので きない 男で あ. る。 僕 は、 この 男に 亂 される こと をお それながら、 この 男の 言 

葉 は、 ひとつ 接さす こころに 刻みつ けようと する 風な 氣 持であった。 



中原 を 知った の は、 たしか 昭和 三 四 年 ごろで ある。 樊は そのころ、 高等 擧 校の 畢生で あつ 

たが、 先生 C なかには、 阿部 六 郞氏ゃ 織 田 正 信 氏が ゐた。 同級に は 大岡昇 平が ゐて、 フラン 

ス語を 始める とい ひ、 國 語の 先生 をして ゐた村 井康男 氏に、 家庭 敎師の 紹介 を賴ん だ。 村 井 

さん は學 友の 小 林 秀雄を 紹介して くれ、 大岡は 小 林に フランス語 を敎 はったつ 大岡は 自宅に 

きて もらったり、 小 林の 家に 出かけた りして ゐ たやう であるが、 その 席に たびたび 居 合 はせ 

たのが 中原 中 也で ある。 大岡は 小 林 を 知り、 小 林 を 通じて 中原 を 知った。 

大岡 は、 いろいろ、 ふたりの 話 をして、 一度 會 ひに こいとい ふ。 ある 晚、 私 は 出かけて い 

つて、 そこで 始めて 小 林 や 中原に 會 つた。 僕 は 文擧を やって ゐる ひとに 始めて 接し、 その 態 

度 や ものごし、 すべてが 變 つて 見えた。 三人 は 泡 鳴に ついて、 すゐ ぶん 話し合って ゐ たやう 

に おぼえて ゐる。 僕 は 丁寧な 口 をき き、 君、 そんな 言葉 使 ふの やめない かと 中原に いはれ て 

どぎ まぎした りした。 その 蔺擊 は、 今 もつ よく 殘 つて ゐる。 

中原 は、 それから、 僕の 家に :,-、 たびたび 遊びに くる やうに なった。 そして 僕 は 中原の 感 

化に よって、 次第に 文學の 方へ 向いて いった。 俟の こころの 眼 は、 中原に よって、 どれ ぐら 



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ゐ ひらかれた わからな いので ある。 中原に 會 はなかった ならば、 僕の 生涯 は、 たしかに 今と 

は變 つて ゐた であらう。 その 點、 僕の 文擧的 生涯の 上に、 中原 は、 きわめて 大きな 影 を 落し 

てゐる 存在で ある。 彼の いくつかの 言葉 は、 いつも 僕の 頭から 離れた ことがない ほどで ある。 

しかし 今、 考 へて みると、 中原の 藝 術に こころ ひかれた とい ふこと は、 純 粹に僕 自身の 感 

動に よる 發見 だけで はない やう だ。 周 園の ひとたちに、 さう 敎 へられて、 さう 敎 へられた こ 

とで さう かと 思 ひ、 さう かと 思った そのこ ころで だんだん 中 1^ に 近づい. てい つた やうで も あ 

る 

中原 を 嫌 ひだった 氣持 は、 たしかに もって ゐ るの だが、 なに かおび えて ゐ ると いふ 以外、 

僕に は、 まだ、. その 氣 持が、 はっきり 說明 できない。 說明 できない とい ふよりも、 そのこと 

を、 はっきり 考 へないで ゐる やう だ。 彼の 前で は 平 俗な 常識が 通用 させて もらへ なかった こ 

とも、 自分の 常識的な 生活に とっての 苦痛だった に 違 ひない。 しかも そのこと で 自分の 方が 

正しい などと いふ 確信 はない し、 避ける とい ふ. ことより 外に、 僕に とれる 方法はなかった?:: 

であらう が、 それだけが すべてと は 思へ ない ので ある。 



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中原の 訪問 を 受ける と、 自分の 表情に ある 苦痛の あら はれる のが、 自分で. わかる やうな 時 

期が あった。 中原 は 部屋の 障子 を あけて、 僕の 顔 を 見る と、 あ、 迷惑 だとい ふ顏 してるな、 

とそれ が、 最初の 挨拶で ある。 漠 は 自分の 顔 を もてあま してし まふ。 今日は 本を讀 みたい か 

ら歸 つて くれと 俟 はいふ。 彼 は、 さう か、 じ や 俺 も 本を讀 もうと いって、 書架の 一冊 を拔く 

と 床の間の 上に あぐらをかき、 本 を 開いて、 じっとして ゐる。 僕 は 途方に くれて、 ぼんやり 

して ゐ ると、 オイ 早く 讀め よと いふの だ。 

そんな ことがあって から、 僕 は 夜 ふけまで、 あてど もな く 外 を 歩いて ゐ たころ が ある。 そ 

して、 もう 今日はく まいと 思 ふ 夜 ふけに なって 家に 歸 つたり した。 そして 僕に は、 その 時分 

S 中原の 氣持 を考へ てゐ る餘裕 などはなかった。 

その後、 中原が 中心に なり、 河 上 徹太郞 の 編輯で 「白痴 群」 とい ふ雜 誌が 生れた。 撲がも 

の を 書き だした 最初で ある。 

僕 は 中原に よって 精神の 世界へ 導かれ、 中原に よって 書く こと を敎 へられた。 僕 は、 いつ 

か 中原に ついて 詳しく 書く 日が くると 思って ゐる。 それまで は、 この 負 目 を 背負った 感じ は 



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上田 廣 • 山 田 淸三郞 • 小山 い と 子 



一作に、 この 紙数の 大部分 を 割いて 批評した いと 思 はせ る やうな 作品 は、 まづ 見當ら なか 

つた。 

ジャ ー ナ リズムの 上で は、 中央 公論が 陣中 小説と 銘打って ゐる 上田 廣 氏の 一 SI 順」 が、 ま 

づ 注意 を惹 いて ゐる 作品で あらう。 これ は 投降した 農民 出身の 一 支那 兵の 手記の 形 を 借りた 

虚構の 作で ある。 いは ゆる 小說 である。 

この 作品へ の 批評と は、 直接 關 係がない が、 この 作品 を讀 みながら、 もっとも 痛感した こと 

は、 统 後に ゐる われわれが、 戰 場に ゐる 文筆家に もっとも 求めて ゐる もの は、 事實の 報 導 だ 

とい ふこと である。 今の 戰爭 は、 われわれ 國 民と 非常に 深い 關係を もって ゐる。 身 は 鏡 後に 



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あっても、 關心は 始終つ よく 戰 場に 向いて ゐる。 事實を 知りたい。 少しで もた くさん 事實を 

知りたい。 これが 戰 地から おくられる 文章に 向けられて ゐる、 讀者 たちの ひとつの 切 實なこ 

ころで ある。 . 

もちろん 戰 地から は、 おびただしい 通信が きて ゐる。 第一に 新聞の 報道が あり、 -ーュ I ス 

映箦が あり、 從軍 者た ちの 報告が ある。 ひとびと は、 それに も 注意して ゐる であらう。 しか 

し、 ひとびと は、 それに も かか はら. f 、あるひ は それによ つて 、一層 事實に 飢えて ゐ るので あ 

る。 飽食 感を 知らない ほど、 ひとびと は、 もっと ほんとの ことが 知りたい、 もっと ほんとの 

ことが 知りたい とい ふ、 事實 への 激し. S 耍求を 抱きつ づけて ゐる。 火 野 葦平 氏の、 あれ だけ 

の 異常 人氣 も、 彼の 作品が 傑作 だからと いふより は、 ここにき つと 戰爭の ほんとの 姿が ある 

だら うと い ふ 、 事實を 知りた が つて ゐ る國民 の 熱情 の 反映と 見る 方が 至當 の やうに 思へ るの 

である。 もしも 火 野 氏の 作品が、 ー篇の 虚構な 構成 を もったい は ゆる 小說 であったならば、 

あの 異常 人氣 は、 令 日の 狀 態と は、 いささか 變化 をき たして ゐた かもしれ ない。 そのこと は 

「麥と 兵 嫁」 と 同時に 發 表された 上田 氏の r 鮑 慶郷」 に對 する 不滿 のなかに、 あれ はい は ゆ 



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る小說 だとい ふ嫛 が、 低 流と してあった ことから も 感知で きる。 私 は、 事實を 知りたい とい 

ふ 要求 は 誠 實な耍 求 だと 思 ふ。 戰 場の 文筆家た ちに、 事實の 報道 をお くって もら ひたいので 

ある。 

事實 を小說 化した 火 野 氏に 比べる と、 上田 氏の 作品 は、 今度の ー歸 順: も、 ひとつの 虚構 

のなかに、 實 際の 經 験に よって 得た もの を 生かさう とした 小說 である。 そして 戰 場の 經驗を 

もたない ものに は 書け ない 實感 を、 小說 のなかに 生かし 得た 點、 この 作品から 事實 への 要求 

を滿 たさう とした 讀者は 失望す るか もしれ ない が、 文學 のために は、 ひとつの ブラス をな し 

てゐる 作品で ある。 

これ は 戰意を もたない 農民 あがりの 支那 兵 孫 丙 山が、 生き 拔 ける 唯一の 道と して、 日本軍 

に 投降す るまでの 戰 場記錄 である。 日本 兵の 激しい 追 擊 から 逃れて 一 驟の 安心 を 得る あたり 

の描寫 は、 なかなか 傑れて ゐる。 

「生き 殘 つたの だ …… 何ん とも 表現し がたい 悲痛な 歡 喜が、 自分の 存命 をた しかめた 喜びの 

中から 湧き あがった。 私 は 暫く 草 場に 突ッ 伏した まま、 自分の 心 臟 の鈹 動に 聞き 人って ゐ た.。 



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それから、 私 はまた、 後方へ 耳を澄ませた。 けれど、 幸 ひに も、 日本軍 は 追ってく る 樣子も 

なく、 一 發の銃 聲も閜 かれなかった。 私たち はさう して 傷の 手當 もしないで、 長い こと 夢う 

つつで ゐた。 時 々懶げ に顏を あげ、 自分自身に 見入って ゐる ものが あった。 まだ 生きて ゐる 

とい ふ事實 が、 信じられない やうで ゐて、 それ を 確め ると、 再び 疲勞の 中へ 滅入り 込んで 行 

くので あった。 咽喉の 渴き 切った 私 は、 ふと 狹 谷で 彈 丸の 雨 を 浴びながら 飛び こえた、 綺麗 

な 流れ を 思 ひ 出した、 その 隨 間の 瞳に も、 小さな 岩の ひとつひとつが、 見 わけられる ほど 澄 

んでゐ た 水」 

この 作家 は、 いかにも 素直な 溫 かい 心情 を もって ゐる。 それが 作品 全體に ロマン ティ ック 

な 美く しさ を、 にじみ ださせて ゐ るが、 また そのために 淺く 上品に なって しまって、 力 を 弱 

めて ゐ ると ころも ある。 

ー歸 順」 は 成功 作と はいへ ない。 主人公の 支那 兵の 心理が、 あまりに 單純 すぎる し、 歸 順に 

まで 盛り あがって くる 力に 缺 けて ゐる。 あまりに 最初から 戰意 がな さすぎ るし、 あまりに 最 

.仞 から 支那 軍に 幻滅し すぎて ゐ るし、 あまりに 最初から 日本軍 を 畏敬し すぎて ゐる。 さう い 



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ふこと が、 作品 を あまりに 平面 的に しすぎて しまったし、 讀者を 納得 さすよりも、 却って 不 

安に する ので ある,^ 日本人の 考 へた、 弱い 支那 兵と いふ 概念の 理想型に すぎない やうに 見え 

る。 現 實感が 稀薄な の だ。 もしも 上田 氏の、 この 作品が、 一 投降 支那 兵からの 聞知の やうな 

も の を 基礎 にして つくられて ゐる とすれば、 その 支郵 兵が 上田 氏に 知らせ た 事 は 日本 兵が 滿 

足す る やうな 面で だけの 支那 兵で はなから うか。 

しかし 辜實 この やうな 支那 兵はゐ るで あらう。 けれど、 その 心理の 現實 は、 もっと 梭雜 

な 要素 を 含んで ゐ るので はなから うか。 その 複雜を 底に 潜ませなくて は、 この 單純は 强く生 W 

きて こない。 上田 氏が あまりに 戰 場の 渦中に ゐる ために、 却って この やうな、 いは ゆる 小説 

を 書く ために 必要な }^ 素に、 感受性の 働か なくなって しまった ものが あるので はないだ らう 

か。 すくなくとも、 この 主人公 は、 存在の 肉感 性に だけ は、 確かに 缺 けて ゐる。 支那 農民の 

顔が 浮んで こない ので ある。 顏が讀 者の 前に 浮んで くると いふ こと は、 讀者を 感動させる た 

めに もっとも 必耍な ことで ある。 . 



山 ffl 淸三郞 氏が 「嵐の 蔭に」 C 文 擧界) を 書いて ゐる。 出獄 後の あの 系列に 屬 する 決心 披歷 

小說 である。 私 は、 山 田 氏が いつまでも こんなと ころへ とどまって、 こんな 小說を 書いて ゐ 

る こと を 否定した いので ある。 

今度の 「嵐の 藤に 一 は、 鹿地亘 との 交友 追憶 を 書いた ものである。 プ ロレ タリ ャ 運動 史の 

一端と して みれば、 ここ. に は 私な どの 知らない 事實 もあって 興味の ない こと リ つない。 しかし 

作者 自身が、 そのこと を 露骨な 賴り として ゐる こと は、 作者の 精神の 貧困 を、 あら はして ゐ 

る。 發展の ある 豐富 感に缺 けて ゐ るので ある。 感傷の 浪費が、 めだちす ぎる とい ひたいので 

ある。 しかし、 それ は • この 一 作に かぎった ことで はない。 氏の 轉向 小說 全部に ついてい へ 

ろ こと だ。 作品が 獨立獨 歩して なな. い。 共感の 强耍 のなかに.、 微妙に 甘えが 潜んで ゐる。 同 

志に よりかかり すぎて ゐる ために、 反省が 華美な 面 だけ を淺く 渡って ゐる のが、 山 田 氏の 作 

家と しての 大きな 隙に なって ゐる。 かう いふ 作品 を 書きつ づけて ゆく ことのな かに、 文學者 

としての 發展は 感じられない。 「耳語 悔谶ニ 作 めれば. いい。 その後の 作品 は、 單 r! 作った 材 

料 を 扱って ゐる だけで、 動機の 掘り さげ も發展 もない くり かへ しで ある。 小說を 書いて ゐる 



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態度で はない。 この 動機 を、 くり かへ しテ ー マと する より は、 もっと 發展の ある 小說の 面の 

底に、 これ を 滲透 させ、 生かして ゆかなければ ならない ので ある。 作家と し 視野の 大きい 開 

拓が 望ましい ので ある。 

r 嵐の 蔭に」 だけの なかで、 私が 特に 氣に かかって 仕方がなかった の は、 登場人物の すべて 

に、 それが 實 在の 誰かと いふ ことが、 すぐ わかる やうな 變名を 用 ひて ゐる ことで ある。 私が 

特に 變 名と いふの は、 これらの 人物 は、 小說 のなかに 獨 立して 生て ゐ るので はなく、 實 在の 

人物 を賴 りに して、 小說 のなかに 動いて ゐ るので ある。 それ 故、 それが 實 在の 人物の 誰 だか 

全然 わから なくなって しまって は 困る ので あらう。 讀 者に、 すぐ 誰 だか わかる やうな 考慮が 

拂 は れた變 名と して ある。 その やう な變名 を、 なぜ 用 ひなければ ならなかった ので あらう か。 

變 名に しなければ ならない 理由が、 どうも 薄弱に 思へ るし、 變名 にした 方が、 この 小 說の迫 

力が 加 はると いふ こと は、 どうも 思へ ない ので ある。 かう いふ 小說は 本名で 書いた 方が、 一 

層の こと 明朗な 魅力が あるので はない か。 

私 は 山 田 氏を眞 面目な ひとと 信じて ゐ るが、 この 眞 面目 さに は、 もっと 柔軟性が ほしいと 



112 



思 ふ。 , 

小山 いと子 氏 は、 女流作家に は 珍ら しべ 野心 的な 材料と とり 組んで ゆく 意欲 的な 作家で あ 

る。 今月の 「4A 格」 (新潮) も 力の こもった 作品で ある。 力の こもって ゐ ると いふ 點 では、 

今月 注目すべき 力作で あらう。 

し 力し、 なに か 根本的な ところで、 小說を 書く 態度が すれて ゐる ので はない かと 思 はせ る 

通俗的な マンネリズムの 上に、 構成の 基礎が がっちりと きめられて しまって ゐる。 一流の 大 m 

作家と して、 今の 手腕 を 生かす ために は、 この 基礎が 一度 根柢から つきく づ されなければ な 

らな いので はなから うか。 

登場す る 人物が、 ほんと に 氏 自身の 眼に よって、 現實 のなかから 發 見して きた 人物で はな 

く、 文擧 のなかで おぼえた 人間の 形 を、 現實 のなかに あてはめて、 調べた 材料 を 生かす とい 

ふ 用を辨 じて しまって ゐる ところが ある。 舞臺 があって、 舞臺の 上に 人形 を 動かして ゐるゃ 

うな、 しらじら しさが 見える。 



ここに は、 眞の 人間 探求と 眞 の現實 探求が 缺 けて ゐる。 舞臺 となる 材料 を 調べる 情 熟で、 

それ をす りかへ てし まって ゐ るの だ。 しかし <{ 「日の 多忙 作 《に は 珍ら しく、 エネルギッシュ 

に着實 に、 材料の 調査 をして ゐる ii は、 推稱 すべきで ある。 そして そのこと が 今までの 作品 

の 一種の 壓 力に なっても ゐ るので あるが、 それだけ では、 ほんとの 小説に はならない。 

調べた 材料に よって、 現實に 小說を 模倣 させて なられる の は、 作者に 獨创 的な 思考がない 

からで ある" 材料 を 調べる とい ふこと は、 事實の 調査で あると 同時に、 單 なる 知識の 蒐集で 

はなく、 人間と 現實の リアリティの 探求 發見を 意味し なければ ならない。 そして 眞の 小說は 

その上に 結晶 させられなければ ならない。 さう いふ 變 化が 顯著 にあら はれ だしたならば、 私 

は、 この 作家の 手腕に 期待して いいと 思って ゐる。 . 

上田 進 氏の 「おち か 一 家の 夏の 話」 (文 攀界) や 中 村 地平 氏の 「離れ島に て」 (文 藝) は 印 

象に 淺 つて ゐる。 平 川 虎臣 氏 は 油が 乘 つて ゐるゃ うだが、 この 感傷 過剩 を、 なんとか 清算し 

なければ いけない。 木山捷 平氏の 久しぶりの 作 も 期待した が、 今度の もの はよ くない。 



114 



E 端康成 氏が 「日本 評論」 へ 小品 を 書いて ゐ るが、 先月の 「百 曰 堂 先生」 にせよ、 力う い 

ふ もの を讀 むと、 こころから たのしめ、 慰められる。 この 藝術的 香気と 不思議な 魅力 は、 ど 

こから くるので あらう か。 どんな 表現 も、 その 表現 を あやつって ゐ ると いふより は、 その 表 

現に、 自分の 全 存在 を かけて ゐる 重さから 生れる 悠久 感の ためで あらう 力 



文章の こと 



先夜、 阿佐ヶ谷の 通りで ひょっこり 久しぶりの 井伏鱒二 氏に あった。 近所で 酒盃を 重ねる 

ことにな り、 いろいろ 氏の 藝談 をき いたが、 大 へん 面白かった。 さすがに 本格的な 作家 修業 ^ 

をした ひとで ある。 今日の 新人 作家に 比べて、 ここに は. S は ゆる あの r 藝術 家」 がゐ ると 思 

つた。 * 

氏 は、 今日の 流行作家 たちが、 文章と いふ ものに 對 して、 非常に 無神經 になって ゐる こと 

を 嘆いて ゐたが 、 その 一例と して, il 今日の 流行作家 たちの 文章で 氣 にか、 るの は、 大抵の 

ひとたちが、 さう いふ、 かう いふ、 あ-あい ふと 書くべき ところ を、 さう した、 かう した、 あ 

あしたと 書い てゐる こと ださう である。 これ は 音感 的に 非常に 汚い。 



氏の 説に よると、 この、 さう した、 かう した、 を 決して 使 はない 作家 は、 谷 崎 潤 一郎と 佐 

藤 春 夫で ある。 春 夫 は、 ただ 感じが わるい から 使 はない とだけ いって ゐる さう だが、 潤 一郎 

の 理由 は、 これ は 東京 辯で はなく、 東北の 方言 だから 使 はない とのこと だ。 

彼 自身 は、 もちろん、 決して 使 はない。 使 ふ 場合 は、 作 中に 女學 生の 下手糞な 手紙な ど を 

挿入 するとき の、 その 文中に かぎられて ゐる さう である。 

私 は、 この 話を大 へん 面白い と 思った。 ここで は、 この 話の 眞僞は 問題で ない。 みづ から 

藝 道に 精進した ひとの 一 種 適確な 感じが くるので ある。 

私 は 最初 この 話 をき いたと き、 自分が 多くの 現代 小說 をい つも 讀ん でゐ ながら、 さう いふ 

ことに 少しも 氣 がっかない の は、 i 今でも 實 際の 作品に つ い ての 具體 的な 感じ はっかめ て 

ゐな いの だが、 それ は、 自分が 實 際に 小 說の 苦勞 を經驗 して ゐ ないた めに、 ぼんやりして ゐ 

るの だと 思 ひ、 さう いふ 自分が 大きな 顏 して 作品 評な どやって ゐ るの を、 いかにも はづ かし 

く 思った の だが、 だんだん 考 へて みると、 私が、 さう いふ ことに 氣づ かなかった の は、 外に 

も 理由が あるので はない かと 考 へた。 とい ふの は、 私なん かよりも 一時 代 先輩で ある 井伏 氏 



117 



などの 育った 時代の 環境 は、 この 言葉に 對 する 反撥が、 特につ よかった ので はないだら うか。 

かう いふ 考へ は、 かって は、 さう した、 かう したと いふ 言葉が、 新 得な 響き を もって ゐた 

時代が あるので はなから うかと いふ 豫 想の 上に 立って ゐる。 とい ふの は、 私 は、 この 言葉の 

感じから、 現代 作家よりも、 しきりに 田 山 花 袋 を 思 ひだした ので ある。 まだ 花 袋の 作品に つ 

いて、 實 際に 調べて みないの だが、 どうも 花 袋の 一種 生硬な 感じの なかに、 それが ある やう 

に 思 ふ。 そして そのこと から 大瞻な 想像 をして みると、 さう した、 かう したと いふ 言葉 は、 

自然主義 時代の 文章の 癖と して、 當時 において は、 時代 的な 新鮮さが あつたので はなから う W 

力 

潤 一 郞 とか 春 夫と かいふ ひとは、 いはば 自然主義に 對 する 反抗と して 擡頭して きた 作家で 

ある。 だから 彼らが、 その 癖に 對 して 特殊な 敏感 さ を もって ゐ たので はなから うか。 井伏 氏 

も、 いはば、 さう いふ 文擧的 環境の なかで 育って きた ひとで ある。 私 も大體 において、 さう 

した、 かう したと いふ 言葉 は 使 はない が、 その 言葉 を 特に 敏感に 意識 しないの は、 私たちの 

時代が、 すでに さう いふ 反抗 を 必要と しなかった ためで はない かとい ふ氣 がする ので ある。 



しかし、 そのこと は刖 として、 今の 新人 作家た ちが、 あまり 文章に 留意し なくなつ たの は 

私も大 へん 同感した ので ある。 しかし 氏に いはせ ると、 それ は 留意すべき 時期に まだ 立ちい 

たって ゐ ない ので、 彼ら もやが て、 かなら す、 この 問題に 逢着すべき 時期に 立ちいた ると い 

ふので ある。 井伏 氏 は 非常な 確信 を もって、 そのこと をい つたこと に 私 は 興味 を 感じた。 と 

いふの は 今日の 新人 作家が、 かなら す 井伏 氏の 考へ てゐる 通りの 問題の 前に 立た される と 思 

つたからで はない。 私 は、 むしろ、 さう いふ 方向に 彼らの 進まない ことの 方に、 はるかに 多 

くの 可能性 を 感じる ので ある。 私が 興味 を 感じた の は、 その 豫 言の 性格?; なかに、 井伏 鍵 二 ^ 

の 姿が、 くっきりと 浮んで ゐる ことで ある。 確かに 自分の 道 を 歩んで きた 作家の 識見の 權威 

が この 非常な 確信の 表情の なかには しみて ゐる。 

彼.; 說 によると 川端 康 成の 文章に は、 , 非常に ナ マな 言葉が 混入して ゐる さう である。 それ 

に比べて、 文章が、 ほんと に 練れて ゐて、 少しも ナ マの ものの 混入して ゐな いのは 横 光利 一 

ださう だ。 横 光利 一 を 今日 あらしめ てゐる もの は、 文章 だけ だと さへ、 彼 は 極論す るので あ 

る • , 



今日の 作家の なかで、 文章に 對 する 非常につ よい 關 心お もって ゐ るの は 確かに 横 光 氏と 井 

伏 氏と である。 それだけに、 氏ら は、 いつも 文章と いふ E 犬な ものの 前に 立た されて ゐる。 

氏ら の 文章と いふ もの は、 書いて ゐる うちにで きて しまった もので はない * 書く ためにつ く 

つた ものである。 いはば 文章に おいて、 人工的 建設 をした ひとは 現代 文學 において は 氏ら が 

代表して ゐる。 氏ら は 自分の 文章 を 自分の ものにした ひとで ある。 

そして 今や、 横 光 氏に しろ 井伏 氏に しろ、 自分の 文章と いふ 大きな 據り どころ を もって ゐ 

ると 同時に、 また 自分の 文章と いふ 大きな 十字架 を 背負って ゐ るので ある。 さう 思って きく 

とき、 私 は 井伏 氏の 言葉の なかに、 非常に 痛切な 聲を きいた 思 ひがした たので ある。 



120 



川 喘康成 の 文章 



一 

「雪 國」 を 中心として、 川端 康 成の 文章 を 論じよ とい ふ 課題 を與 へられて、 久しぶりに、 こ 

の 小 說を讀 み 直して みて、 私 はまた 新しい 感動に、 こころ を 奪 はれた。 しかも 始めて、 この 

小說に 接する かの やうな 新鮮な 魅力に みちて ゐる。 

私 は、 この 小說 が、 斷片 的に 雜 誌に 發 表される ごとに、 のがさす 讀 んでゐ た。 それが 「雪 

國」 とい ふ 題名の もとに 集められて 一 冊の 書物に なった とき、 また 通讀 した。 この 書物 は昭 

和 十二 年 六月 發行 となって ゐ るから、 最後に 讀ん でから、 一年 近くなる わけ だ。 今度 は 三度 



121 



目で ある。 三度 も讀ん で、 そのたび に 新しい 魅力 を讀 者に 與 へる 作品 は、 名作と いふ 名 を 冠 

しても よい 小説で ある。 

私 は、 文藝 愛好家から、 川端 康 成の 代表作 はなんで すかと 質問され ると き、 いつも 擧げる 

の は 「禽 獸」 である。 多くの 仕事 をした 作家 s 場合、 代表作 を ー篇擧 けるな どと いふ こと は 

厳密な 意味で は、 殆んど 不可能で あるが、 川端 康 成の 場合に は、 私 はいつ も 一種の 確信 を も 

つて、 一 禽獣」 を擧げ る。 r 禽獸 をお 讀 みなさい。 禽獸 一作よ めば いい。 その代り あれ をく り 

かへ し、 くり かへ し、 ぉ讀 みなさい」 . , 

今度 「雪 國」 を讀み 直して みて、 私 は、 やはり、 この 意見 は 代へ る 必要がない と 思った。 

とい ふの は 「雪 國」 の 方が 劣って ゐ ると いふ ことで はない。 「雪 國」 のなかに ある もの は、 す 

ベて 「禽 獸」 のなかに あって、 【雪 國」 に は 「禽獸 : のなかに ない もの は、 なにもな いとい ふ 

ことで ある。 「雪 國」 は、 まあ r 禽獸」 の 普及版と いっても よい。 

もちろん 「雪 國,: は 名作で あり、 氏 獨自の 文章の 光りに みちて ゐる。 そして 讀 むごと に始 

めての 小說に 接する やうな 魅力が あり、 刖な 側面が くっきり としてく るの は、 名作の 豐富さ 



122 



を證據 だてて ゐる ことに 違 ひ はない が、 もう ひとつ、 この 「雪 國」 の 場合に は、 この 小說が 

大 へん 難解であって、 一度 讀 みとば した だけで は、 意味の わからな いやうな 描寫の 文章が 多 

く あるた めだと 思 ふ。 

川端 康 成の 文章に は、 宇野浩 二の 文章の やうな、 嚙んで 含める やうな くどくど しさが 少し 

もない。 き はめて そっけない。 とい ふよりも 一行の 文章が、 感情の さまざまな 姿を說 明す る 

ので はなく,. その 一行の 文章の なかに 感情の 結晶 を こめて しま ふ。 宇野浩 二の 場合に は、 む 

しろ その 結晶 を ほぐす ことで 文章 を 書いて ゐ るの だ。 しかも 宇 野浩ニ は、 なんらかの 感情 を 

呼び さまして くれた、 その 舞臺 を描寫 する が、 川端 康成 は、 それから 受けた 感情の 方 を 書い 

て、 その 感情の 表現 を 助ける ために だけし か 舞臺を 書かない。 

だから 讀者 は、 宇野浩 二の 場合に は、 そこに 展開す る 舞臺ゃ 道具 立 は、 はっきり 浮べる こ 

とがで きて、 ただ そこに 盛られた 感情 は 作者と 同じ だけの 深さで 理解す る こと はでき るか ど 

うかわから ない にしても、 その 場面 だけ は. とにかく、 はっきり 浮べる ことができる。 それ 

に比べて、 川端 康 おは、 そこから 受けた 感情の 方 を 書く ので、 その 感情 をよ むこと だけで は 



123 



讀者 はかなら. f しも、 その 舞臺ゃ 道具 立 を、 はっきりと、 頭に 浮ばす ことので きない 場合が 

ある。 その どこか はっきり しないと ころが、 讀 者に とって、 なに か 底の しれない 深さ を 感じ 

させて 魅力になる 場合 も あるが、 そのため そこが よく 理解で きないと いふ 作品の 難解 さ に な 

る 場合が ある。 殊に 複雜な 心理 や 深い 感情が、 單 彩の やうな 文章で 書かれて ゐ ると 讀 みのが 

してし まふ 場合が 多い。 川端 康 成の 確立した 文章 は、 大 へん 非 通俗で ある。 この 文章の 蓮 命 

的な 非 通俗が、 氏の 世界 を 通俗から 救って ゐる かもしれ ない。 

私の いひたい こと を 述べる のに は、 かなら すし も 適當な 例で はない が、 たと へば、 この 小 7! 

説に は 駒 子と いふ 田舍藝 者の 乳房 を 愛撫す る 場面が 三 四 あるが、 乳房と いふ 言葉 は 一度 もで 

てこない。 また 一 一度 目に 女に 會 ふとき、 「『こいつが 一 番 よく 君 を覺 えて ゐ たよ』 と、 入 #i 指 

だけ 伸した 左手の 握 拳 を、 いきなり 女の 目の前に 突きつ けた」 とい ふ 風な 表現に しても、 觸 

感 の 記憶の 現 實性を 語って ゐ るので あらう が、 かなり 難解な 表現と い ふこと がで きる であら 

う。 しかし 氏の 文章が、 さう いふ 表現に 終始して ゐ るから こそ、 「悲しい ほど 美しい 聲」 とか 

「凉 しく 刺す やうな 美し さ」 とい ふ 風な 表現が、 の 作家に は 見出す ことので きない 具體性 



を くっきりと 捕へ る ことができ るので あらう。 そして それ は、 ひとつの 觀念を 語って ゐ るよ 

り も、 感覺 とい ふ 具體の 上に 立って ゐ るから だ。 

II 

私 は、 本誌の 前 月 號で横 光利 一氏の 文章に ついて 語った が、 そのな かで 比較す るた めに、 

川端 氏の 文章の 本質に ついても 語った。 「川端 氏の 文章 は、 こころの 流露 感. に 身 を 任せて、 あ 

ふれて ゐる 文章で あるが、 横 光 氏の 文章 は、 湧き あがって くる もの へ の 自制に 緊張して ゐる に 

文章 だ。 川端 氏 は 夢 を 追 ふ ひとで あり、 横 光 氏 は 夢の 醒めない ひとで ある。 川端 氏が 夢が な 

いために、 大膽に 夢が 追へ るのに 比べて、 醒めない 夢の なかに 生きて ゐる横 光 氏 は,、 常に 夢 

に對 して 反省 的に ならざる を 得ない。 こ から 感覺の 美く しさに 生きる 文章と、 それ を觀念 

に 昇華しょう とする 文章の 對 象が 生れて くる。 流露に 身 を 任せる とい ふこと は 思考の 終った 

ところから 文章が 始まって ゐる とい ふこと だ。 自制に 緊張して ゐる とい ふこと は、 思考の 發 

作と ともに 文章が 始まって ゐる とい ふこと だ」 



この やうな 川端 康 成の 文章の 姿 を、 もう 少し 違った 側面から その 背後 を考 へて みょう。 川 

端康成 は、 事實を 常に、 ほんの 契機と して、 夢ば かり を 描く 作家で ある。 そして その 夢の な 

かから 事實を 浮び あがらせる 文章 作法に 生きて ゐる 作家で ある。 事實を 描きつ くして、 その 

なかから 夢 を 浮び あがらせよう とする 宇 野浩ー 一 的な 手法から は、 むしろ 逆な 道を步 いて ゐる 

作家で ある。 そして 宇 野浩ニ を、 今までの わが 國の 文章 道に 生きて ゐる 作家と 考 へるならば 

川端 康成 は、 むしろ その 傳統に 反した 新風の 開拓者 だ。 

私 は、 いは ゆる 一新 感覺 派」 の 文章 運動から、 ほんと に ひとつの 結實を 得た 作家 は、 川端 

康成 だと 思 ふ。 本誌 前 號で金 原 省 吾 氏が、 川端 康 成の 文章 を 論じながら、 新しい 言葉の 使用 

法に ある、 ひとつの 危^ を 指摘して ゐる。 「それ はかへ つて 言葉の 形に 注意 を拂 はせ て、 表現 

しょうと する ものから お 離す る 傾に 導き やすい」 これ は 新しい 文章 を 創造しょう とする 初心 

者に 對 して なかなか 適切な 忠吿 だが、 川端 康 成の 今日の 圓熟は • 金 原 氏 も 批難して ゐ ないや 

うに、 言葉の 形に 氣を とられる とい ふ 空虚に 落ち いらす、 新しい 使用法が、 確かに 新しい 世 

界を 表現な し 得て ゐ るので ある。 



126 



今までの 常識的な 文章 道で あ る事赏 ば かり を 常に 忠實に 描いて ゐる 作家と いふ もの は、 赏 

は 事實の 見事 さ を 案外に 知らない ばかりでなく. 事實の 見事 さに 感動す る ことまで が、 き は 

めて 稀に なって しまって ゐる。 常に 事實 とい ふ ものに 賴 りながら も、 事 K とい ふ もの を、 案 

外に 輕く 見て ゐる ものである。 しかるに 眞に 夢に 生きる 作家に とって は 事 實とは 夢の 血戰の 

場所で ある。 

川端 康 成の 文章 藝 も、 「禽獣」 以後に おいて は、 夢が 常に 事實 とい ふ 血戰の 所に 生きて 

ゐ るので ある。 夢が、 單に 貧し. S 主觀の 身勝手 さの なかに だけ 生きて ゐる ときには、 夢は眞 

に 夢の リアリティ を もって、 積極的に 現實に 働き かける 力 はな S ので ある。 それ は單 に現實 

からの 逃避と して、 作家 を 甘やかせる だけで ある。 

最後に、 川端 康成 を愛讀 する 作家 志望の 初心者に 忠告した いこと は、 川端 康 成の 文章 は 決 

して 文章のお 手本に して はいけ ない ところに、 その 生命と 魅力が あると いふ こと だ。 一代 果 

ての 名文で ある。 



127 



藝 術の 表現形式 



一 1- ぐれた 批評家と いふ もの は、 彼の 存在 そのものが 文 擧に對 する 痛烈な 批評と なって ゐる 

ベ きで ある」 (文 擧界ー 一月 號) 

, この 言葉 は、 川端 ji^ 成 氏が 小 林秀雄 氏の 新著 「文 學」 についての 感想 を 述べて ゐる 文章の 

なかから 拾った 言葉で あるが、 誠に 味 は ひ 深い 言葉で ある。 ほんと に 魅力 を もった 存在で あ 

るた めに は、 また その 言說 が、 ひとのこ ころに しみ とほるた めに は、 批評家 は、 かなら す、 

その やうな 存在で あらねば ならぬ。 そして その やうな 存在で あるた めに は、 批評家 もまた、 

人生に 對 して、 作家と 同様な 精- W と 情熱 を もたなければ ならない。 それに 支 へられる. ことで、 

批評家 は藝, 家と なり、 藝術家 も ある ことによ つ-乙、 自分自身 のこと とし て 自分自身 の 肉體 



128 



を もって 文擧を 捕へ るの だ。 

川端 氏 は、 こ \ で 引用した 短文の なかで、 小 林 氏に、 どうしても 小說を 書いて もら ひたい 

とい ふこと を、 つよい 情熱 を こめて いって ゐる。 私 は、 この 言葉 は 小林秀 雄に 對 する 今まで 

あら はれなかった 深い 理解 だと 思 ふし、 その 意見に も、 その 理由に も、 激しい 赘意を 感じる 

ものでぁ^i3。 小 林 氏 は、 この 川端 氏の 勸 めに 對 して 「小說 を 諦める のに 二 年 かかつ たんだが 

な あ」 といった と 述べて ゐる。 この 小 林 氏の 感慨に は、 私 は、 そのと きの 表情 や こころもち 

まで、 ぴったりと 響いて くる ほど、 ー曆 痛切な もの を 感じる ので ある。 (川端さん も 罪な こ ^ 

と をい ふもん だ) 

しかし、 ここで、 はっきりい へる こと は 小 林 氏の 評論の 生彩 は、 この 諦めた 小說 によって 

支 へられて ゐる とい ふこと である。 もしも小^5?^を書ぃ てゐたなら、 あの 評論 は、 たと へ ある 

にしても あの 評論の 「生彩」 はあり 得なかった であらう。 叫びたい こころの 聲は、 たに ひと 

つで あり、 それが ひとつの 表現形式 を 確立した ときには、 それ 以外の 形式と いふ もの は、 ど . 

うしても 餘戲 になる の だ。 



それ は 逆に、 小説家の 評論 を讀 めば わかる。 私 は 作家の 評論と して、 川端 氏 や 最近の 武田 

麟太郞 氏の 感想な どに、 大きな 魅力 を 感じて ゐ るし、 それ を 尊重して ゐる ものである。 しか 

も、 それらの 幾つかの 評論 は、 專 門の 評論家の 文章よりも、 はるかに 深い もの を もって ゐる 

し、 立派で もめる。 あれ だけの 評論 を 書いて ゐ ない 專門 評論家の 方が 冬い くら ゐ なので ある 

が、 それに も かか はらす、 私 は、 それらの 評論の 見事 さは、 一種. 化戲の 見事 さ だと 信じて ゐ 

る。 その 表現に は、 自分の 全 存在が かかって ゐな いので ある。 川端 氏の 場合に しても、 その 

銳敏な 感受性 を、 そのままに 投げ だせる 無責任 さに、 大膽 にいって のけて ゐる 言葉の 美し さ 

が あるので ある。 自<^- の 本業 は小說 だとい ふ 安心が ある。 その 背後の 事情が、 その 文 舉の使 

徒の 感想 を 萎縮 させて ゐな いので ある。 同時に それだけ、 その 言葉 自身が もって ゐる實 際の 

感化 力 は、 その 大きな 魅力に 比して 弱い ので ある。 武田 氏の 場合 は、 その 評論 は、 川端 氏に 

比べて、 一層 精神的な なにもの も 語って ゐ ない。 これ は 小說を 書く ことによって 起った、 全 

く附隨 的な 仕事と しての 魅力で ある。 つまりみ づ からの 藝 道に 通じた 藝術 家の 藝談 にす ぎな 

いもので ある。 さすがに 年期 を 入れた 玄人 だけに、 その 藝談 や、 他人の 作品 を 見る 眼に 狂 ひ 



130 



はない。 しかし その 昆事 さに とどまって ゐ のであって、 ここから 生れで る もの、 氏の 小說か 

ら獨 立した 生命な どと いふ もの はない ので ある。 

ひとつの 衮現 形式に 自分の 全 存在 を かける とい ふこと は、 他の 表現形式 を 見失 ふとい ふこ 

とで ある。 畫 家の 文章の 面 さが やはり 餘戲の 面白さに とどまって ゐる ことから しても、 そ 

のこと は 察せられる 害で ある。 

小 林 氏に しても、 その 書くべき 小説と いふ 表現形式 を镇牲 にした ことによって、 あの 評論 

とい ふ 表現形式 を 捕へ たわけで ある。 それ 故, 川端 氏が 小 林 氏の 評論 集 を 通 請して、 そのな m 

かから 發 見した 作家 魂に よって、 改めて 小 說.; M としての 出發を 求める こと は、 小 林 氏に 複雜 

な 感慨 を强 ひるに 違 ひない。 しかし 小 林 氏 も 川端 氏に よって、 始めて ほんとの 知己 を 得た と 

い ふこと はい へ るで あらう。 



「旅 さ き」 作 家 



作家に 定住の 家 は必耍 ない、 無意味な もの だとい ふ 意味の 感想 を、 川端さん が、 どこかで 

波ら して ゐ たの を おぼえて ゐる。 作家 を 宿命と し なげれば ならなかった 川端さん のこ ころも け 

ちの 傳 つてく る 言葉で ある。 

しかし、 さう だからといって、 どんな 作家に とっても、 定住の 家 (この 言葉に は、 いろい 

ろな 意味 を こめて ゐる) は、 無用な もの だと はいへ ない。 むしろ 定住の 家に 根 を 下して ゐる 

からこ そ、 生れ 得た 傑作 は、 決して すくなくない。 とい ふよりも、 健實な 地位 を 捕へ た 傑作 

の 大部分 は、 定住の 家 を嫌惡 しない 作家の 手から 生れて ゐる。 川端さん の やうな 場合の 方が 

稀な ので ある。 そして その 稀な 心情が、 身 を 不安定な 位置に おきながら、 變ら ぬ瑞々 しさと 



張り を もって ゐる點 で、 獨自な 作家で ある。 

定住の 家と いふ もの は、 それによ つて、 現. K 生: •「;:. とい ふ 組織の なかへ、 ひと を 結びつけて 

ゐる ものである。 ある 作家の 場合 は、 その 場所に 自分 を 安住 させながら、 その外に 立って、 

觀念の 結晶に 勵み、 思想の 樓閣を 築く。 さう でな く、 自分の 定住の 家 を 凝視して ゐる 人間 は 

そこからの 脫 脚の 情 熟に よって 仕审〉 をして ゐる。 :脫 脚」 の 迫力 は、 定住の 深さ を 背景に して 

ゐる。 川端さん は 定住の 家 を 無視して ゐる ひと だ。 定住の 家 を もちながら、 そこに 住んで ゐ 

ないひと だ。 しかも 川端さん の 心情が、 いつも 探して ゐる もの は、 歸 つて ゆく 家で ある。 ^ n 

れ ようとす る 作家に 對象 させて いへば、 川端さん は、 晚れ るより 求めて ゐる 作家で ある。 世 

の 多くの 小說を 「脫 脚」 の 歌と いへ るなら ば、 川端さん の は ー歸 心」 の 歌で ある。 どんな も 

のの なかから も、 いのちの 姿 を、 あれ だけ 敏感に 喚ぎ だしてく るの は、 川端さん の 切々 たる 

ー歸 心」 の 心情で ある。 

歸 心の 熱情 を 燃えた たせる ために は、 常に 遊離が 必要で ある。 川端さん にと つて、 旅 は 探 



求で あるが、 同時に また 常に 遊離と しての 意義 を もって ゐる。 川端さん の 小說の リアリティ 

は、 現實 から 離れる ことによってで なければ 捕 へられない 現實を 捕へ てゐ る。 旅 は、 川端 さ 

んに とって は、 見聞 を ひろめる ためで はなく、 もの を 見る ために 必要な ので ある。 川端さん 

の 場合に は、 遊離す る ことが 探求す る ことで あり、 探求す る ことが 遊離す る ことで ある。 決 

して 責任 を 負 はない ことで 透明な 眼が 現實 を射拔 くので ある。 

r 處女 作の 頃から 今日に 到る まで、 私 は 宿屋で 書く とい ふ 癖が ある。 この 卷の 小説に 限らす 

私の 全 作品の 大半 は、 旅の 宿で 出來 たもので ある。 從 つて、 私 は 始終 家 を 出る けれども、 た 

いてい は 切羽詰まった 原稿 を 書く ため、 いはば 書齋の 移動であって、 旅ら しい 旅、 旅の ため 

の 旅 は 無で ある。 ここに 集めた 小說 にも、 大 旅行の 所産と 言へ る もの はない。 しかしと にか 

く、 身 を^の 土地に 移す と、 なに か 心が ひらけて、 筆 も 動き 出す 習 はしであった。 それが 私 

の 作品 を どうい ふこと にして ゐ るか。」 

この 文章 は、 選集 第二 卷、 旅の 小說 集の 「あとがき」 のなかに ある 言葉で ある。 今度の 選 

集に は、 この やうに、 特に 旅の 小説 集の ある 外に、 「隨筆 旅行記」 とい ふ 一 卷が あるし、 「掌 



134 



の小說 j にも、 旅先で 見た 「いのちの 姿」 を 書いた ものが 多い し、 淺草 もの を 集めた ものに 

しても、 r 淺 草の 旅」 の 記録と 見られる ので ある。 

一種の 虚無 感が、 もっとも 素直な 歸 心の 情 を 奏でて ゐる のが、 川端さん の藝 術で ある。 い 

つも 對象 を、 すつ ぼり、 こころに 入れる ために 「がらんどう」 のこ ころ を 用意して ゐる ひと 

である。 作家に とっての 旅行の 必耍 さとい ふこと は、 川端さん のなかで はすで に 常識的な 意 

味を脫 脚して ゐる。 

思想家 は 旅行 しないと いふ 意味の こと を、 ゲ ー テ はいった さう であるが、 川?,^ さん は、 ど 

んな 意味で も、 思想の 建設 家と いふ 風な 存在で はない。 さう いふ 意味の 自己 內容 はもって ゐ 

ないひと である。 

川端さん の もって ゐる もの は、 感動す る こころと 動く 眼と 書く 手 だけ だ。 そして さう いふ 

自分 を 知って ゐる ひと だ。 さう いふ 自分 を 知って ゐる ことに 川端さん の、 ひんやりした 冷た 

さが ある。 

私 は、 ながい 間、 この 冷た さに 親しめない 氣 持で ゐ たが、 このごろ になって、 やっと、 か 



135 



うい ふ 冷た さ こそ、 いちばん こっち を 吞氣に 向 ひ 合 はさせ て くれる 溫 かさ だと ffl^, へる やうに 

なった。 

私 は、 今度、 從 軍した ペン 部隊の なかに、 瀧 井さん が 加って ゐる ことに 興味 を もって ゐる 

がお そらく 瀧 井さん の 眼 を 借りなければ できない、 克明な ものの 見方 をして くるに 違 ひない 

とこの 地味な 人選が、 案外 大きな 有意義 を 生む の ではな いかと 期待し てゐ る。 

同時に、 この 人選に、 川端さん の 加 はって ゐな いこと を、 非常に 殘 念に 思って ゐる。 これ 

は單 なる 私の 趣味から いって ゐ るので はなく、 日本 文學 のために も、 大きな 損 だと 思って ゐ 

る。 川端さん は、 きっと 誰もが 見ない もの を 見、 誰もが 書かない もの を 書く に 違 ひない の だ 

結 は、 外の チャンスで 川端さん も從 軍す る ことになる かもしれ ない が、 私 は、 この 感覺の 

エキス パ ー トの 出陣 を 切に 願って ゐる。 



136 



作家 本 來の姿 



あるとき は 船の なか、 あるとき は 汽車の なか、 それから 宿屋の 一室 や、 見知らぬ 町の 喫茶 

店の 一隅な どで、 私 は 今月 諸 雑誌の 創作 欄 を通讀 した。 そして 疲れる と、 宿の 廊下から 小さ ^ 

な 町の 往還 を 眺めたり、 船底に 同室して ゐる 三等 船客の 顔 を 見廻した りした。 それ はなに か 

小說と 人生と を 比較しながら 眺めて ゐる やうな 變な氣 持であった。 別に 比較 研究し ようとし 

たので はない が、 小說を 伏せて、 眼に うつる 世の中の 風景 をお つと 見て ゐ ると、 人生と. S ふ 

ものが、 どうに もどつ しりと 立派に 見えて 仕方がなかった ので ある。 眼に うつる 風景 は、 い 

かに も、 くっきり とした 完璧な リアリティ を 生きて ゐる。 それに 比べて、 これらの 雜 誌小說 

のなかの 人生 はなん とお 粗末な もので あらう かとい ふ 感慨から, 私 は 終始の がれる ことが で 



きなかった。 ひとつひとつの 作品 短評 をす る氣 持に なれない ほど、 この 空 虛感は 私に つよぐ 

きた。 そして、 この 旅先き での 印象が、 今月の 創作 攔を 讀んだ 私の 述べたい ことの 全部で ある" 

ー體 この 空虚 感は、 どこから くるので あらう か。 旅先での 私の 眼に うつる 路傍の 片々 たる 

人生 風景に 比べれば、 どの 小說も はるかに 大きく 深い 人生の 姿 を 描かう として ゐる。 中 本た 

か 子 氏に しても.、 大江賢 次 氏に しても、 和田傳 氏に しても、 德永直 氏に しても、 大田洋 子 氏 

にしても、 その他の 諸氏の ものにしろ、 路傍の 凡庸な 人生 風景と は 比較に ならない 人生 を、 ^:: 

野心 的に 扱って ゐ るの だ。 それに も かか はらす、 それが 野心 的な 作品で あれば ある ほど、 お 

粗末な 人生 だとい ふ 感じ はつよ いので ある。 却って 上林曉 氏の 「離鄉 記』 (新潮) とか、 太宰 

治 氏の 「富嶽 百景」 (文 體) また 德田 ー穗 氏の 一 女の 職業」 (文學 者) などと いふ 小品 的な 作 

品に 胸に しみて くる ものが あるので ある。 

この やうな 身邊記 的な ものに 比べて、 大陸 を 扱ったり、 大きな 客觀 世界 を极 つた ものが i41 



虚に 見える の は、 それが なに か 文 畢本來 の眞實 とかけ はなれて. るた めで はなから うか。 さ 

ぅ解釋 する 以外に 解釋 のっかない 氣持 である。 作品の なかに 野心 的に 盛り こまれた 人生が、 

ほんとの 根 を もって ゐな いので ある。 それに 比べて 私が 路傍で 接した 風景 は、 ほんと に 根 を 

もって ゐる。 生きるべき ものが、 生きるべき ところに 生きて ゐる。 そのつ よさ、 その 眞實さ 

が、 こ 、に は缺 けて ゐ るの だ。 

つまり 作者の 捕へ た 人生が、 ほんと に その 作者の なかへ 根 を もって 生きて ゐ ない。 かり も 

の の 世界 を 腕 の 先 だけで 描いて ゐる だけで ある, 作者が 作者 自身 を 根と し た 小宇宙 になって 

ゐ ない。 作者が、 その 世界 を 描かねば ならない 人 的な 動機が 深くない ので ある。 それ 故、 

作品の 世界 は、 どの やうな 大きな 世界 を 扱って ゐる にしても、 生きた 人生の き はめて お 粗末 

な 模倣に 終って ゐ るので ある。 ここに は どんな 意味での 文舉的 創造 を も 見出す こと はでき な 

いので ある。 



139 



雑誌の 諸 小 說を讀 みながら、 眼に うつる 實 人生の 方が 立 旅に 見えて 仕方がなかった と、 私 

は 先に 書いた が、 ほんと に 傑れた 文學 作品 を讀 むと、 實 人生の 方が、 その 小說 に似て 見えて 

くる ものである。 さう いふ 本來の 傑れた 小說が もって ゐた 「文學 の 力」 の 衰微 を、 私 は、 純 

文學 隆盛が 叫ばれて ゐる 今日、 痛感し ないで は ゐられ なかった ので ある。 時流 を 追って 現代 

に 生きて ゐる 小説 は、 また おそろしく 文 學を 見失って ゐる ともい へ るので ある。 

かう いふ 氣 持で 歸 京した 私 は、 今月の 評論で、 北 原 武夫 君 (文 體. > が、 私の 氣持 を、 實に 

切實に 述べて ゐて くれる のを讀 むこと がで きた。 

r 机に 向って ゐる とき だけが 作家で ある、 のなら まだし も、 札に 向 ふ 時 だけ 作家になる やう 

な 作家 か、 今日い かに 多い ことで あらう。 かう いふ 作家に は、 入 生や 人間性 や 又は 文畢 その 

ものに ついての 考察が、 平生は 特に 思考の 對象 として 意識的に 採り上げられて ゐ ない。 從っ 

て、 平生 人生 や 人間性に ついて 絶えす 思考して ゐ るが ために、 實 生活 上での 何等かの 現實的 

經驗が 契機に なり、 そこで はじめて 創作の 衝動 を感 十る、 とい ふやうな、 常な 意味での 作 



140 



家 的 過程が 全く 逆にな り、 何 かの 事件 や 事實に 打つ かり、 それに 刺戟され てはじめて f 作 的 

衝動 を感 やる、 と. S ふやうな 奇妙な 現象が 生れて くる。 思想が 作品 を 生む のではなくて、 事 

件が 作品 を 生んで ゐ るの だ。」 

ジャ ー ナ,, ズム が宣傳 して ゐる 多くの 力作 は、 實際、 事件 を 描いて ゐ るので あって、 人生 

を 描いて ゐ るので はない。 作家の 新聞記者 化と いふ こと は、 今日の 小説 壇に おける 掩 ひがた 

いひと つ の事實 である。 

さう いふ ものに 比べれば、 井伏 露 二 氏の ;多甚 古村 駐在 記 X 改造) とか、 私が 前揭 したや 

うな 身邊 記の 方が、 はるかに 深く 人生 を 描いて ゐ るの だ。 

北 原 君 は 前記の 評論の なかで、 リルケが 若い 一詩 入に 書きお くった 手紙 を 引用して ゐ るが 

リルケ は、 そのな かで、 眼 を內に 向けよ とい ふこと をカ說 して ゐる。 そしても しも 自分が 書 

き >; い、 書かねば ならない と 思った、 そのこと を 書く こと を こばまれたなら、 自分 は 死んで 



Ml 



しま ふより 仕方がな いかどう か、 書かねば ならぬ ことの 動機に、 それだけの ものが あるか ど 

うか 反省せ よと いふ 意味の こと をい つて ゐる。 

私の 受け た 空虚 感も、 結局 この 描かれた 世界と 自分との 結び つきの 輕薄さ に 起因して ゐる 

の だ。 文學 が文學 として 生き 得る かどう かとい ふこと は、 題材の 問題で はない。 この 結びつ 

きの 問題で ある。 

今日の 大きな 變動 期に 遭遇して、 作家の 眼 は、 確かにた くまし く 大きな 世界に 向けられた,^ 

しかし それだけ では 仕方がな いので ある。 製作の 文學的 地盤と いふ ことにつ いて、 今 こそ、 

作家 は 猛省し なければ ならない の だ。 

作家の 新聞記者 化と. S ふこと は、 瞬時 パッ とした 火花 を 散らす かもしれ ない が、 それ は 結 

局、 文學を 滅ぼす 道で ある。 

ひと を眞底 動かす 小説 は 、ほんとの 作家 精神に 生きる 人間の こころの 叫びで ある こと 以外 

に はあり 得ない の だ。 この こと は 今月 「離 鄉記ー の 佳作 を 示して ゐる上 林 曉氏も 「文 藝」 に 



142 



書いて ゐる 時評で 適切に 述べて ゐる。 かう いふ 狀況 のなかで、 さっきから しばしば 頭に 浮ん 

でゐ るので あるが、 最近 「市井 集」 や 「現代 作家 論」 を 上梓した 淺見 淵 氏の ことな ど考 へて 

ゐ ると、 かう いふ 純粹な 存在の あって くれる ことに、 しみじみとした ありがた さ を 感じる の 

である。 

作家 は、 もっと 自分 を 大切に しなければ いけない し、 自分の 世界に 根ざさなければ いけな 

い。 作家と しての 宿命に 沈潜し、 作家と しての みづ からの 小宇宙 を 確立して ゐ なければ、 ほ 

ん とに ひと を 動かす 作品な どと いふ もの は 生れる もので ない、 時流に 乘 つた 素人の 小 說のだ 

らしな さ を 見れば、 ひとびと は、 すぐ、 そのこと に 思 ひいた る 害で ある。 

「中央 公論」 では、 今月 懸賞 小說の 結果の 發表 をして ゐ るが、 この 發表を 見て 一層 切 實に思 

ふこと は、 素人の かくれた 作家な ど は 全く どこに もゐ ない とい ふこと だ。 大田洋 子 氏に して 

も、 中 井 正文 氏に しても、 岩 越昌三 氏に しても、 みんな その 道に 年期 を 入れた ひとたち であ 



143 



り、 文 境と いふ 場所に 募して ゐれ ば、 古くから その 名前 を 見て ゐる ひとたち である。 新人 推 

薦の芥 川 賞の 發表 ももう すぐ あるで あらう が、 芥川 賞に しても、 今日まで それ を 足場に 登場 

してきた ひとたち も、 全部 長年の 作家 生活 を 生きて きた ひとたち ばかりで ある。 

ちょっと 風變 りな 事件 を 扱 ふな どと いふ ことから は 決して 作家 は 生れない ので ある。 作家 

に は 作家の 生活が あり、 その 生活に 根ざして 人生 を 描かなければ ならない。 單に 時流 的な 材 

料と 事件 を 追 ひかけ て 空虚な 力作お 書いて ゐる 作家た ち は、 もっと 反省せ ねばならぬ。 ジャ 

1 ナ リズム に 踊らされて ゐる うちに、 文學 からしめ だし を 食 ふので ある。 

私 は 作家と しての 自覺 をつ よく 主張して 「中央 公論」 の當選 作家た ち も、 ながい 文學 生活 

をして きた ひとたち だとい ふこと を 述べた が、 この 當選作 を かなら すし も 支持して ゐる わけ 

ではない の だ。 

今月 は、 まだ 大田洋 子 氏の 「海女 I が發 表されて ゐる だけで あるが、 この 作品 はいかに も 

つまらない、 一 應 書け て ゐ ると いふ だけの ものにすぎ ない、 かう いふ 作品 を讀 んでゐ ると 長 



M4 



年文畢 のなかに 生きて きたた めに、 單に 文畢の マンネリズムで、 もの を 見て ゐる だけで あつ 

て眞に 人生の 現實を 「自分の 眼. でしつ かり 捕へ. f、 却て 文學 的で ある ことが 害に なって ゐ 

る やうで あ る 。 

文擧 的に 全く 素人の 作品と 思 はれた の は、 今月で は 「新潮」 が 呼び ものと して ゐる 無名の 

新人 奈知 夏樹 氏の r フ ライムの 子」 三百 五十 枚で ある。 この 作品から は、 文學に 毒され てゐ 

ない 眼の 純潔 を 感じる ことができた。 現實に 直接から だ あたり をして ゐ るし、 文擧 などと い 

ふな まじつ かなより どころ がない ために、 自分自身で 考 へて ゐる。 そして 大切な こと は、 そ 

のこと が、 この 作品 を文舉 として 生かす 基礎に なって ゐる。 なかなか 獨創 的な 感-せ 性 も ある 

し、 かれて いったならば、 大成す るか もしれ ない 才能の 芽 は、 いたるところに 散見して ゐる G 

その 點、 文學の マ ンネ リズ ム に 落ちい つて ゐる大 田洋子 氏の 作品に は 見られぬ、 文擧に 毒され 

てゐ ない 新鮮な 感じが あるので ある。 この 作品 は 確かに 自分の 小宇宙 を もった ものである。 



145 



しかし それ は、 この 作品の なかに 見られる 萠芽で あり、 むしろ この 作者が もって ゐる 可能 

性に、 この 作品で はと どまって ゐ るの だ。 私 は、 この 作品に 對 して、 前に 述べた やうな 半面 

の 厚意 は 感じた ので あるが、 もっとつ よく 感じた こと は、 作家と して 文學に 年期 を 入れて ゐ 

ない 淺さ である。/」 の 退屈な 理窟の 多い 三百 五十 枚の 小説 をよ み 通す ために は 相當な 努力が 

いるの だ。 なんともい へない たどたどし さは、 まだいい。 身勝手な いい 氣 さが、 決して 底 深 

くひと を訥 得させる 力 を もたない ので ある。 いかにも ひとり 合點 である。 その ひとり 合點の 

理窟 をく どい ほどく りかへ す ことで 三百 三十 枚 を 費して ねる。 この 三分の 一 の 枚 數に壓 縮し 

て、 この 異常な 人生 は 描く ことができ るし、 それだけの 壓縮 をす る ことで、 このい い 氣な理 

窟の のさば る こと を 防ぐべき である。 

さう いふ 點、 この 小說の 主人公 は、 自分の 苛酷な 運命の なか を 生き 拔 ける こと だけで、 或 

ひ は 精い つばいで あつたか もしれ ない が、 それ を 描かす に ねられない 情熱の なかで は、 その 

一可 酷な 運命の なかで 自分 をし つかり 育て &ゐ ると いふより は、 その 悲劇 を孤獨 にお かれた も 



146 



のが、 急に 訴 へる 相手 をみ つけたと きの やうな、 甘えた 誇張 をして ゐる。 磨かれて ゐ ないし 

練られて ゐ ない。 

かう いふ ものに 接する と、 文學に 年期が はいって ゐ ると いふ ことが、 どんなに 大きな 意味 

を もった ことかと いふ こと を、 つよく 感じる ので ある。 しかし このお そろし いほ どの 未成品 

のなかに、 私 は 嫌な かたくなな 性質 も 感じた が、 とにかく 描く ために 借用した 人生に よって 

作品 をつ くって ゐ るので はなく、 自分の 叫び を もって ゐる ことによって、 その 將來を 見守り 

たいと 思 ふ。 

今月の 創作 欄で は 「改造」 の 丹 羽 文 雄の 「人生 案內」 は、 一 應 佳作に 數 へるべき もので あ 

らう。 宇野浩 二の 「木と 金の 間」 (文藝春秋) は、 特にと りたて ていふべ きこと もない が、 さ 

すがに ゆるぎない 大家の 大 文章と いふ ことので きる ものである。 



147 



日常生活から 



十月 九!! I . 

第二 日曜、 晴天 秋日、 淺見 淵 氏た ちの ハイキング 第二 回 例會に ゆく。 午前 九 時、 池 袋驛集 

合、 保 谷から 歩いて 平 林 寺に ゆく。 

. この 沿道の 田園の 秋色の 美く しさに、 こころ 動かされる。 農家の 散在す る、 この あたりの 

武藏 野の 景色 は、 實に變 化に 富んで ゐる。 武藏野 風景の、 あらゆる 形 は、 平 林 寺までの 二 里の 

行程の なかに 盡 きて ゐ ると さへ 思った。 久しぶりに 自然と いふ もの を、 しみじみ 感じる とい 

ふよりも、 なんと 僕たちの 生活 は、 自然に 遠く あるかと いふ こと を、 つよく 思った。 可成り 

以前 に 、 北海道 か ら歸っ て きた 高見 頓 氏が、 自分 は E 然 に は 全く m (味がない, と いふ こと を 旅 



14S 



にで て 痛感した と 書いて ゐ たが、 興味が あるない より、 もはや 僕たち は 自然に 全然 遠ざかつ 

て 墓して ゐる。 今日の 小說の 自然 描寫 が、 いかにお 粗末に なった かとい ふこと を 反省して み 

て も、 それ は考 へられる。 しかし、 ここで 自然 觀 察の 再興 を 主張し ようと 思 ふので はない。 

今 は 昔に 比べて、 自然 以外に、 僕たちの こころ を 動かす ものが、 いかに 多く 複雜 になった か 

とい ふこと を 感じる の だ。 そして さう いふ 僕たちの こころ は、 もはや 直接 自然 を" チ ながら も 

直接に 自然 をみ てはゐ ない の だ。 自然 は都會 生活の 前に は 後退して ゐる。 或 ひ は 底 深く 隱れ 

てゐ る。 もしも 人間の 前に、 直接の 姿 を あら はして ゐる とすれば、 それ は文學 者の 前により 

もむ しろ 科擧 者の 前にで あらう。 

平 林 寺の 池畔の 腰掛で 辨當を 食べる。 境內の 掃除の ゆき 屆 いて ゐ るの が 氣 持が よい。 横に 

ゐた 木山捷 平氏が、 かう いふ 庭 は 見た 眼 以上に 廣 くて、 なかなか 掃除が しきれな いもの だと 

宫島資 夫 氏が 「大法 輪」 の 「平 林 寺 便り」 に 書いて ゐ たとい ふ。 その 話で、 篷 州 宫島資 夫 氏 

が、 ここに ゐる ことが わかる。 早速、 同盟 通信の 小 寺 信 重 氏が、 一行 を 代表して 面會を 求め 

る 



149 



寺 を案內 して もらった あと、 庭の 芝生の 上に、 宮島氏 を 中心に 一行 十八 名、 圓座 になって 

所感 をき く。 横 光利 一氏が、 「自分 を 見て ゐる眼 を 見て ゐる 自分の 眼, 一 とい ふ 風な こと を 書 

いて ゐ たが、 あれ は、 ちょっと 禪宗の 世界に 通じる 氣 持で 面白い と 思った 由 C その他、 辻 潤、 

高 橋 新吉、 ジ ヱイ ムス . ジョイ ス などと いふ 名前が、 宮島 氏の 口から れた。 話した こと は 

ながくなる から 省略す る。 興味 を もった こと も すくなくなかった。 

朝霞から 電車、 六 時、 新 宿で 解散。 

十月 十日 

午前 九 時、 書お に 入る。 午前 一時まで、 坐ったり、 寝ころんだり、 腰かけた りして、 小宫 

資隆 氏の 大著 「夏 目漱 石」 を讀 む。 實に 丹念 忠實に 調べて 書いて ゐ るのに 敬意 を 感じた が、 

僕に は、 あまり 面白くなかった。 心理的な 陰 ひこみ 方が、 き はめて 常識的で、 どうも 漱 石の 

姿が 立體 的に 大きく 奥深く 浮び あがって こない。 平面 的 だと 思 ふ。 しかし その代りに 偏重が 

ない のが、 この 書物の 價値 であらう。 f 揪 石の 生涯と いふ 事實を 知る ために は 稀 有な 書物に 違 



150 



ひない が、 どうも この 筆者に は 人間的 興味が 湧き起らない。 

このごろ^ 版され た傳 記小說 とか 作家 評傳 とい ふ ものの なかで は 僕の 讀ん だかぎ り、 前 田 

河 廣一郞 氏の nM 花傳」 を 第一 等に 推す。 これ は、 よく 調べた 蘆 花の 忠實 な傳 記で あると 同 

時に、 前 田 河 氏^ 書いた、 もっとも 立派な 藝術 作品の ひとつで ある。 ただ 蘇 峰 を、 あまりに 

一面 的な 型に あてはめ たこと は、 この 書物の 奥行 を淺 くして ゐる。 

今日は 夕方、 自轉 車で 一 時間 ほど 近所 を乘り 廻した。 

十月 十 一 日 

親類の 會 合が あるので、 朝から 小 田 原 町へ ゆく。 行きの 車中で、 村 上 知行 氏の r 支那 及び 

支那 人」 の淺り を讀み 終へ る。 淸水 安三 氏 や 內村完 造 氏ら とともに、 村 上 氏 は 僕の 興味 を も 

つて ゐる在 支 邦人 だが、 この 書物 は 面白かった。 ただ、 もっと 自分の 見聞の 方 を、 豐 富に 書 

いて くれた 方が いい。 感受性に み づみづ しさが あって、 觀察も 正確で ある。 そして 實に 新鮮 

な 文章で ある。 文壇で も、 かう いふ 實の ある 新鮮な 文章 は、 ながく 見ない。 工夫 をした わけ 



151 



でも あるまい が、 特に 獨創 的な 形容詞に 實感 味が、 なかなか みちみちて ゐる。 

親類の ひとたちの 談話 をき いて ゐて 思った こと。 自分が いい 子 だと だけ 思って ゐる ひとは 

こころの 淺 いひと だ。 また、 ひと を 非難して ゐる ことが、 實は 自分の なかの 自分で 氣づ いて 

ゐ ない 自分 を 非難し てること だけで しかない 場合が ある。 また、 ちっとも 考へ ごと をした こ 

とつな (ために、 考へ ごとば かり しゃべって ゐる ひと、 いつも 考へ ごとば かりして ゐる ため 

に考へ ごと を 少しも しゃべらな いひと。 

歸 りの 汽車の なかで、 今朝 屆 いた 十一月 號の、 ある 文藝雜 誌の 小説 をよ む。 鋭 さがち つと 

もな く、 しかも 實に 忠實に 捕へ てゐる 作品。 どこと いって わるい ところ はない。 しかし どこ 

といって 取 柄 はない。 しかも 作者の 人柄 は實 にいい。 かう いふよ い 人柄で、 見た だけの もの 

を ひたむきに 書いて ゐる 姿、 おそらく、 これ は文擧 情熱と いふ ものの、 もっとも 美く しい 姿 

である こと は 間違 ひない、 ー かも どうに もなら ない、 かう いふ 作品に 接する と、 藝術は 結局、 

才能 だけに 盡き ると つよく いひた くなる。 

ま、 丸 ビルの 集會 室で、 日本 民族 學 講座の i: 田國男 氏の 「民間 年中行事 一 の綾講 をき く。 



152 



僕 は、 この ひとの 仕事に は 敬服 I てゐ る。 いっか、 そのこと 書きたい と 思って ゐ るが、 ひと 

りぐ らゐ、 こ の 講義 を ききにくる 作家が _Q るべき だと 思 ふ。 

十月 十一 一日 

今日は 靜 かな 雨 だ。 机 前に 坐して、 じっと 庭 を 見て ゐた。 雨の 音が、 あたり を 却って 靜寂 

そのものと 感じさせる。 かう いふな かに 坐って ゐ ると、 自分の こころ だけが、 周圍 との 調和 

を 波って、 ざ は ざ はして ゐる ことが、 はっきりと わかる。 もっと 靜 けさ を とりもどさねば、 

自分の 關 心が、 ほんと に 深いと ころで 廣く 育たない と 痛感す る。 

さう 考 へながら、 今日の 文壇 を 眺めて みると、 藝術 家と しての 深い こころの 靜 けさ を 失つ 

てゐ ると いふ こと は、 僕 ひとりの 缺點 ではな さそう だ。 今日の 文壇に 缺 けて ゐる もの も、 そ 

れだ。 騷 然として 靜 けさ を 失って ゐる。 そのために、 平常で は 通用し ないやうな 淺 薄な もの 

でも 通じさせて しまう。 眞に ひと を 打つ 文學 は、 底に 深い 靜 けさ をた たえた 文學 でなければ 

ら ない。 「麥と 兵隊」 に は、 それが ちゃんと ある。 いい加減な 戰爭 文學は 騒然と して ゐるだ 



1 33 



けだ。 

十月 十三 日 

「思想」 が 今日、 「東洋と 西洋」 とい ふ 特輯 號を だして ゐる。 卷頭、 和 辻哲郞 博士の 「人 li- 

の 敎師」 とい ふ 論文 は、 近刊 「孔子」 の 一節と L て あるが、 相 變ら, f 感動す る。 (博士の 最 

近著 一, 面と ぺ ル ソナ: を 是非、 いろいろな 意味で 文壇 人の 一 讀を すすめたい) 實に 微妙な こ 

と を實に はっきり といって ゐる。 そして、 ひとつの こと を 突 込みながら、 それが いつも 確か t 

な屏 望の なかに 置かれて ゐる。 この 文章 は讀 むだけ で、 ひとのこ ころ を 高める。 ー體、 この 

格調の ある 名文の 瑞. _< しい 艷は、 どこから きて ゐ るので あらう か, ジャ ー ナ リズムの 上で 衝 

いて ゐる ひとたちに は、 この 重厚 さが 缺 けて ゐる。 

もう ひとつ 推稱 したい もの は 今村大 平氏 著の 「映 畫藝 術の 形式.。 私 は映畫 評論家の なか 

で、 滋 野辰彥 氏の 人間的 批評 を 高く 買って ゐ たが、 これ はまた 別の 立派な 才能 だ。 實 にしつ 

かりと 全體の 姿 を 把握す る 力に 敬意 を 感じた。 この ひとは 映晝 評論 を 高 める ひとに 違 ひない。 



一文 藝ー 十 一 月 號の北 原 武夫 氏の 「妻」 は 力の こもった 佳作で ある。 盛り あがって くる 潤澤 

さに、 少し 缺 けて はゐ るが、 それ は あまり 緊張して 書いた ために 殺されて しまったの かもし 

れ ない。 しかし 常識的 推理 をた よりに 書いて ゐる 作家の 多い 今日、 この 眞摯な リアリティ 追 

求の 姿に、 私 は こころづよ いもの を 感じた。 おそらく 今月で は、 注目すべき 純 文 學の收 獲で 

あらう。 

夕方、 本屋まで 「國語 *國 文」 の 「日本語の 問題」 特輯 を 註文に ゆく。 終日し としと 雨。 

-す月 十四日 

「文藝 汎論」 で、 打 木 村 治 氏の 「皮膚, -を讀 む。 いっくし みのこ もった 態度で、 人物た ち を 

見て ゐ るのに は 好感 を もった が、 どうも 結末が 弱い。 先月の 「中央 公論」 の もの も、 とに か 

く、 しっかりして ゐた。 「部落 史」 が 早く 刊行され ると いい。 私 は、 あの 本 をた のしみ にして 

ゐる。 

一部 落史 j を 出版す る 砂子 屋 書房 主人の 隨筆集 「水鄉 記」 がで た。 私 は、 あんまり 期待 を も 



155 



たないで 讀ん だのが、 讀ん です つかり 感心して しまった。 このごろ 私の 讀ん だ範圍 では、 も 

つと も 立派な 隨筆集 だ。 實に 正確に 見て、 正確に 書いて ゐる。 立派な 文章で ある。 私 も, あ 

んな もの を 書いて みたい と 思った。 みんな、 それぞれの 味が あって、 どれが いちばん いいと 

いふ こと はいへ ない。 ゃゐ ぶん 年期の はいった 鍛鍊 された ものである。 伊藤整 氏に 會 つたの 

で、 早速 そのこと いふと、 「あれ は 立派な ひと だよ、 あのひとの 歌 を讀ん だかね、 歌 もい い。 

奥さんの 死ぬ 前後の 歌は實 にいい ね」 といった。 

夜、 松 田 甚次郞 氏の 一 土に 叫ぶ」 を讀ん で、 この ひとが 宮澤賢 治 氏のお? 子で ある ことに 

感激した。 彼の 蒔いた 種が、 今、 實を 結びつつ ある。 立派な 精神 は 受けつ がれて、 だんだん 

火き く 生きて ゆく。 

十月 十五 日 

私 は 金子 光晴 氏の 詩 や エッセィ は、 いつもす ゐ ぶん 注意して 讀 みのがさ ないやう にして ゐ 

る。 4 '曰きた rn コ.1」 の 短文 も、 暗示に 富んだ 一一 一一 n 葉 だ。 この ひとは、 浮んだ 感想 を ひきめ 



156 



ばさないで、 そのままで 投げ だす。 それが、 妙に 迫る 力 を もって ゐる。 その 短文の 書き だし - 

しの 一節。 

「作家の 作品のより 所 は 缺乏感 だと 思 ふ。 僕 は、 缺乏感 が根據 となって ゐ ない 作品 を讀 むに 

たへ ない 氣 がする。 但 ー、 これ は 作家の 場合で、 隨筆 や、 記録 や、 その他に は あながち 當て 

はまる 言葉と は 思 はない。 何故 缺乏感 が 作家の 根城と なる かと 云へば 簡單 である。 缺乏感 な 

くて は 創作の 動機が 起らない からで、 又實 に、 創作の 動機の ない 創作が いかに 充滿 せる こと 

よだ。 しかし、 一番 困る 奴 は、 缺乏 感切實 にして、 創作で きない 僕らの やうな 人間で ある。 わ 

これ は、 作家で はない の だら う」 

私 は、 このごろ 餘 暇に は、 殆んど 啄木 を讀 んでゐ るが、 讀 めば 讀む ほど 感心 L てゐ る。 こ 

れ だけ 豐 富な 才能に 惠 まれながら、 地道な ものの 考へ 方に 迪 りついて ゐ るの は 偉い。 老成し 

てゐ る。 評論家と しての 隊木 は、 あまり ひとが いはない が 評論家と して 傑れて ゐる。 この ひ 

と は、 もっと 生きて ゐ たら 評論家に なって ゐ たので はない かとい ふ氣 がする。 彼が 生きて ゐ 

て、 明治の 末期から 大正に かけて、 評論家と して 活動して ゐ たなら、 確かに あの 時分の 評論 



界は、 今と は變 つて ゐ たと 信じる。 彼の 导 世が 惜しまれて ならない が、 嫁 木の あの 純 粹な感 

じ は、 早世に よって 結晶され たもので ある。 

いま 机上に ある 書物 は 谷川 徹三氏 一日 本人の こころ」、 中 川 一政-氏 「顏を 洗 ふ」、 ラヴ エツ 

ソ ン 「習慣 論」 

明日 は 久しぶりに 街の 方へ 出かけて いってみ よう。 



妻と 産まれて 間の ない 長 與 を 引 具して、 厄介に なった こと も ある。 お 互 ひに 泊らぬ 約お をし 

て も、 一 日と して 會 はない 日はなかった。 會 ふまい と 心 をき めた あとから、 脆く も 崩されて 

落ちついて 机に 向って ゐられ なかった。 はやく 根負けの した 方が、 家 を とびでる 破目に なつ 

てゐ たが、 遠に 綱武 さん は、 「君と つきあ ふやう になって から、 仕事が 手に つかない」 とこ 

ぼす し、 私 も 疲れき つたので、 それから は 無理に 間び くこと になった。 いま 週に 一度 位の 割 

で會 つてね るの は、 その 頃の 協定に よる ものである。 

端で みれば、 狂氣 にち かい 行: :<. であった かもしれ ない。 また 綱武 さんに 私と いふ 人間が、 § 

何 を與へ たかは 知らないが、 私 は綱武 さんの その やうな 惑溺 的と もい へる 熱情に よって、 敎 

へられた ことが 寡くなかった。 綱武 さん は、 懶惰 で、 自分 を 知る ことに 疎い 私と いふ 實體を 

見抜いて、 絡え すかた はらから 突いて 吳れ る。 私の 文 學に對 する 心 構へ も、 その やうに して 

搖 ぶら れ、 固まった ので ある。 綱武 さんの 著書 を 丹念に よんだ とはいへ ない が、 その 作品よ 

り もな によりも、 根に なって ゐる 熱情 を信賴 して ゐ るいき さつ は、 一見、 野 放圖に 見える 行 

交 ひからう まれて ゐ るので ある。 



この 月の はじめに、 私 は ひどく 胃 を そこねて 臥って ねた • 見舞 ひに 來て くれた 綱武 さん は 

病氣が 快方に 向って ゐる こと を 知る と、 「仕事 をし なければ 駄目 だよ。 一 日 一 日、 日 は 過ぎて 

いくんだ からね」 と嚴 しい 苦言 を 放った。 そして 赤 塚 書房から、 新著 を 上梓す る こと をき い 

た。 綱武 さんの いままでの 著書 は、 殆ん ど、 私と 親交 をむ すんで から、 世に でた ので ある。 

それに また この 著書が 加 はると いふ こと は、 怠け 放題 をき めて ゐた 私に とって、 安閑と して 

は ゐられ ぬと 切實に 思った。 私 は 一男 一女 を 創作した にすぎない。 文章 上に 於て は、 綱武さ 

ん にたび たび 諫言され ながら、 いまだに 碌に 仕事ら しい il 事 をして ゐ ない 自分が 面目な かつ S 

た。 綱武 さんの 友情 を かへ りみ て, この 跋文 かいたの を 楔と して、 一心に 仕事 をしたい と 思 

つた。 

四月 十九 日 




昭和 十四 年 五月 十五 日印 刷 

和 十四 年 五月 二十 BS 行 

定價 八十 錢 

外地 定慣 八十 八錢 



東京 市 杉 並 K 東 田 町 ニノ 1 五 四 

著作者 古谷 綱武 

束 京 市 小石 川 BSE 薛 町 五番 

發:, 仃者 赤 塚 三郎 

東京 市 小石 川 區ぉ簡 町 五 招ぬ 

® 行 所 赤 塚婁房 

大^ 五 四 二 S 



東京 市 小石 川 EWSJ 町 五番 地 

印刷 島 治 



新文學 叢書 刊行に 際して 

新文學 叢書 は、 未だ 些か も 疲れぬ 素樸な 精神と、 新鮮な 筆觸 

と を 持つ、 現 文壇の 潑剌 たる 新作 家 新 評論家た ち を 網羅して 

ゐる。 卽ち、 明日の 文學を 約束して ゐ る新銳 叢書で ある。 眞 

に 新しき 文學 精神に 觸れ たいと 念ずる 者の、 蓋し 手 I 麯す こと 

の 出來ぬ 座右の書 である。 



錢 t 八價定 童擎風 • ^雜 絞スン ラフ 

錢六料 送 ^^装 美 



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子の 死と 別れた 妻 

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挿 

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丹 羽 文 雄 

佐 々 三 雄 

赫宙 

古木 鐡太郞 

湯 淺克衞 

光田 文 雄 

外村繁 

福 田淸人 

德田 一 穗 



版 房 書 塚 赤 



錢 十/ A 價定 
錢六料 送 



叢 學文新 【^ ラ:: 



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ぐ 凌 を 「鬱 憂の 園 田」 の 夫 春 藤 佐 佐 
書の 春 靑の紀 世き し 新 お 



三 雄 著 




身 



フランス 綴美裝 

定價 八十 錢 送料 六錢 



「默身 一 に收 めら れてゐ る 五篇の 作品 

中 「憂 碑」 を 除いて は、 僕の 氣 持が IP 

屈して ゐる とき 幾た びか 繰返し 愛讀し 

た 作品で ある。 佐々 君 はいつ だった か 

自分 は 1 一行 か 三 行の 文章に も 苦心 慘澹 

する ことがあ るので、 らくらくと 書い 

てゐる 小說を 見る と莫 抛みたい な氣が 

する、 と 云って ゐた ことがある。 從っ 

て、 いづれ も 心象 風景が 誤魔化さす ボ 

ャ かさす 適確に 鮮明に、 そして デリ ケ 

イトに 描. itJ 出されて ゐる。 卽ち、 倨傲 

にして 高貴な 近代 精神が、 茫漠たる 現 

實と接 鶴して 打ちく だかれ、 しかもな 

ほ 打ちく だかれた 破片の 幾つか を矜恃 

を もって 握り 铺め、 立直り 立直り して 

行く 素直で 素朴な 心情の 波頭が ィ キイ 

キ寫 されて ゐ るので ある。」 (淺見 淵 氏) 



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版 房 書 嫁 赤 




^ 春 山 行 夫 著 

定價 八十 錢 フランス 綴美裝 



★ 胸の ボタンに クチナ シの 白い 花 を 

挿して アスペス ク な露臺 で ピカソの 美 

術 論 を讀ん でゐる 詩人で あり、 プリ ュ 

ヌチ ェ ,1 ルゃテ イボ ォデの 御 弟子で あ 

る ァカデ ミィ 派の 文藝 批評家で あり、 

『I 一 ュ, ー ョォク • タイムズ』 や 『パリ • 

ソ ヮル』 に靑 鉛筆で 忙し さう に 線 を 引 

つばって ゐるジ ャ.. 'ナ リス ト であり、 

英、 米、 佛文擧 の 紹介者で あり、 文化 

評論家で あると 同時に シ リイ • シンフ 

ォ -1 ィの 専門家で も ある 春 山 行 夫 氏の 

新しい 隨筆 集です。 



內 

目 \ 



作 名の 載 連々 曰 岡 福 篇長 




版 房 書 嫁 赤 i g 
錢 貝 



W 入 ^ 4"- 張 赫宙著 



四六判 三 ( 

定價 一 圓 一一 



生れ 故鄉 では 凡ての 人に 一 痴人と して 嘲罵の 生活 をよ ぎな 

くされて ゐた 一人の 少年 をラ ッし來 たって、 全く 彼 を 知らな 

い 半島 南端のと ある 農村の 叔父の 元で 生活 させた。 そこで も 

次々 と 障害 は 起った。 けれども 暖ぃ 理解の ある 生活 を 築こう 

との 意慾に 燃える 彼 は 遂に それらの 障害に 打 勝つ 日が 來た。 

こ の 物語に 讀者は 切 々と 迫る 情愛と 盡 きざる 興味に 吾 を 忘 

れる であらう。 

事變下 第一 の 面白い 讀物 として 必讀 g 良書で ある。 



長 

、 

ノ 



十 和 田 操 著 

篇 證 

說 差 



(櫻 木 俊 晃裝) 





定 贋 



この 小說は 作者に 云 はせ ると 「屋根裏 出身」 です が、 讀 者から 見れば 

「屋根裏 探 見」 なのです。 よみ 出したら、 こんな 樂 しい 人情の 世界が あ 

るの か、 と 思 はすうれ しくな つて 了 ふので す。 萬 華 鏡と 云 ふ、 子供の 琉 

具が あります が、 この 小說 こそ は、 千 變萬華 鏡の やうに、 くるり くるく 

る、 いくら 讀み 直しても 興味が 盡 きません。 そして、 この 小說 だけ は、 

つまらん レッテル など 貼られぬ、 唯 1 無二の 純情 さ を 保って ゐる こと を 

誇り ませう。 



版 房 書 嫁 赤 



p し 

723